一章『名無しの花嫁』 ページ6
――真夜中。
翁が松明を片手に、洞窟にやってきた。
ホーホッホーと、梟の鳴き声がどこからか響いてくる。
翁はそのとき、一人ではなく、私が着ているのと同じ、白衣を纏った老婆を三名従えていた。
私は、その三人にしっかり取り囲まれた形で、洞窟を出ることを許された。
物ごころついてから、一度も出たことのなかった洞窟の外。
そこは暗闇の世界だった。
「あれはなんですか?」
空に浮かんだ丸く黄色い塊を指差す。
「……月でございます」
胡乱げな目をして、背の高い老婆が教えてくれた。
「では、月の周りに浮かぶ白い塊は?」
「雲でございます」
別の老婆が口を開く。
「じゃあ、あのちいさな光の粒たちは?」
「……星でございます」
最後に、一番背の低い老婆が応えてくれた。
「花嫁様……、あまり人と口を交わすことは……」
大鵬様の花嫁は、人に近しい存在であってはならない。
強い神通力を持ち、神格すら備えた女でなくては務まらぬ。……そう、翁にならっていたのを思い出す。
「……失礼いたしました」
私はそれきり喋るのを辞めた。
老婆たちに促され、森の中の小さな小屋に入れられた。
そこで、身に付けた白衣を脱がされる。
別の老婆が、水でぬらした布で私の体を拭き清めた。
それから、待機していた老婆が、香木を焚きしめた新しい白衣を私に纏わせた。
ふわりと、上品で甘い香りが体を包んだ。
それから、床までついた長い髪を丁寧に櫛で梳かれた。その後は、白い和紙で髪をまとめられ、さらにその上から、やはり白い水引でしばられた。
「仕度、整いましてございます」
老婆たちが一斉に膝まずいた。
「ありがとう」
私は彼女達を一瞥した。
それから、外に出るように促された。
そこには初めてみる、多くの人の姿があった。
男も女も子どももいたが、一様にして痩けた頬をしていた。
なるほど。
翁が輿入れを急いだ理由が良く分かった。
私は集まった人々と一切面識はないけれど。
向こうは私を知っているようで。
「花嫁様」
「花嫁様」
「花嫁様」
呪文のようにそう唱え、私に向かって手を合わせていた。
しばらくして。
翁が若い白装束の男たちを連れてきた。
彼らが持っていたのは、御簾の降ろされた小さな篭だった。
「お乗りくだされ」
そういわれ、私は篭に入った。
しばらくして、ぐんっ! と体が浮き上がる感覚がした。
篭が揺れる。
どこかに連れて行かれるのだと分かった。
それはきっと、この森を抜けた先だろう、そう思った。
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一花(プロフ) - Nonさん» (続)しかし、物語にのめり込める……そう仰っていただけ嬉しいです。ありがとうございます。国語力は……常に平均レベルでした(汗) 夢想力は多少あるかもしれません(笑) Nonさんこそ、とても誉め上手です。沢山、嬉しい言葉をくださり、ありがとうございます! (2014年8月30日 23時) (レス) id: efaaeba1ca (このIDを非表示/違反報告)
一花(プロフ) - Nonさん» ありがとうございます。後編もなるべく楽しんでいただけるよう、精進いたしますね。少し間が空きますが、公開時は宜しくお願い申し上げます! それから、文章……お褒め頂き有ありがとうございます。力があるかは私自身は判断を読者様に委ねるしかできません(続く) (2014年8月30日 23時) (レス) id: efaaeba1ca (このIDを非表示/違反報告)
一花(プロフ) - 光珂.さん» ありがとうございます! ボード、確認いたしました。本当にありがとうございます! レスさせていただきましたので、またご覧下さると幸いです。本当にありがとうございます! (2014年8月30日 23時) (レス) id: efaaeba1ca (このIDを非表示/違反報告)
Non - どうも、またNonです。後編すごく楽しみにしてます!一花様はほんと文章力が凄くあると思います。国語とかは得意なほうでしょうか?凄く物語にのめり込めるので大好きです!あと、誉めるのもとても上手いですよね! (2014年8月26日 6時) (レス) id: 240a63bd27 (このIDを非表示/違反報告)
光珂.(プロフ) - こんにちは。 前編完結、おめでとうございます! 誤字脱字のチェックをしたのですが、諸事情でボードの方に書かせて頂きました。 お時間のある時に確認お願い致します。 (2014年8月25日 16時) (レス) id: 21af548d66 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:一花 | 作成日時:2014年7月22日 22時