【d!】かつては聖女、今は魔女 (ページ16)

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ここで空腹でないなどと主張したところで、どうやって信じてもらえるだろうか。いや、信じてもらえるわけがない。
それならば、このおいしそうな匂いにつられてしまってもいいのではないか……そんな想いが頭をよぎった。
いかんせん、この森ではまず嗅ぐことのない美味しそうな匂いは今もなお鼻孔をくすぐる。
いや、しかし、食べるということはやはり関わりを持つということで、避けるべきことだ。
しかし食べなければトントンも帰らないだろう……そんな風に考えを巡らせていると、再度腹の虫が早い決断をと催促してきた。

『……食べる』

tn「一応、たくさん持ってきたつもりだから、
遠慮なく食べてや」

この際誰が遠慮などするものかと思いつつ、Aはまずは一口スープを含んだ。じんわりと舌先から温もりが伝わるスープは、トントンがいったとおり豆の香りが強い、しかしそれでいてまろやかな味わいになっていた。しかし薫製された小さな肉が入っているおかげで、一方では香ばしさも感じられる。それから甘めの野菜が、原型をとどめないほどとろとろに煮込まれてもいる。

『……おいしい』

無意識のうちにその言葉をつぶやいてしまったAは、自分の声を耳にして、あわててパンを口に放り込んだ。
なんということをいってしまったのだ、と。

tn「スープにパンを付けてもおいしいんよ。生ハムとか挟むなら、切り込みも入れるで」

トントンの言葉に悔しさを覚えつつも、一度口にしてしまった食の魅力にAは逆らうことができなかった。悔しい、悔しいと思いつつ、しかし気づけば「もう、これで完食やな」とトントンにいわれるまで食事をひたすら続けていた。