山猫と山猫［尾形百之助］弍 (ページ45)

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八十八話ページ45

尾「ある日俺は、祖父母が留守の間、殺鼠剤をアンコウ鍋に入れて母に食べさせた。

　"少しでも母に対する愛情が残っていれば、父上は葬式に来てくれるだろう。

母は最後に愛した人に会えるだろう"と。

　でも、父上は来なかった。」

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花「自分たちを捨てた恨みとでも言うつもりじゃあるまいな？

　
貴様も頭のおかしくなった母親が哀れで疎ましかったのだろう？

私と同じじゃっ」

尾「子供は、親を選べません。

　愛という言葉は神と同じくらい存在があやふやなものですが、

　仮にあなたに愛情があれば母を見捨てることはなかったと思います。

愛情のない親が交わってできる子供は何かが欠けた人間に育つのですかねぇ？

　どんなにご立派な地位の父親でも。」

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『(父親と勇作さんを殺したのは兄様からきいてたけど、

　母親まで殺してたなんて。

　悲しい人…。)』

尾「父上と本妻との間に生まれた息子…。

　お前の妹の許婚でもあった花沢勇作少尉が高潔な人物であったことも証明している気がするよ。

　入隊して初めて会ったが、面をくらった。

　規律が緩みますから、と、何度注意しても部下の俺を兄様と呼んでいた。

一人っ子育ちでずっと兄弟が欲しかった、と、俺にまとわりつく。

あの屈託のない笑顔…。

　あぁ、これが両親から祝福されて生まれた子供なのだ。と、心底納得したよ。

　お前は、花沢勇作少尉が203高地でどうやって亡くなったのか、本当のことは知らないはずだ。」

『私は当時、勇作さんはただ単に戦死したとだけきいてた。』

尾「…まあ朔太郎から聞いてるだろうが、

　俺が後頭部を撃ち抜いた。

　決して勇作殿に対しての妬みからじゃない。

　父上を苦しませたい…というのともちょっと違う。

　ただ一つ確かめてみたかった。

　勇作さんの戦死を聞いたとき、父上は俺を思ったのか…。無視し続けた妾の息子が急に愛おしくなったのではないかと…。

　祝福された道が俺にもあったのか…。

　だが父上は俺に、

　"貴様のいう通り何かが欠けた人間…
出来損ないの倅じゃ。呪われろ。"

そういった。

　俺は父上の腹にいかにも自害したかのように包丁を刺してその場をさった。」

『一つだけ聞きたいの。

　勇作さんは、戦場ではどんな様子だった？』