山猫と山猫［尾形百之助］弍 (ページ44)

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八十七話ページ44

尾「また寝れないのか。」

『まあね。』

夜、焚き火の近くで2人はあたたまる

尾「俺は、花沢中将の妾の息子だ。」

『…そう。』

尾「当時父上は近衛歩兵第１聨隊長陸軍中佐。

　近衛は天皇に直結する軍だからな、

　世間体を考えれば浅草の芸者とその子供は疎ましかったんだろう。

　本妻との間に男児が生まれると、父上は母のもとにばったりと来なくなったと、祖母からきいた。

　祖母は、まだ赤ん坊だった俺と母を茨城の実家へ連れ戻した。

　
　母はよく、アンコウ鍋を作ってくれた。」

『！！』

尾「そう、おれの好物だ。

　でも、それが毎日だったよ。あんこうがとれる冬の時期は、母は毎日、アンコウ鍋を作ろうとした。

　父上が美味しいと言ってくれたから

　また食べに来てくれると信じて。

　頭が、おかしくなってたんだろうな。

　俺は祖父の古い銃を持ち出して畑へ行って鳥を撃った。鶏肉があれば、母はアンコウ鍋をを作らないと思ったから。

　
　でも、幾ら鳥を撃ってもアンコウ鍋を作り続けてたよ。」

パチパチ…

焚き火が泣くように音を立てている。

今日は鳥が鳴いていない

『それでも、今もアンコウ鍋が好きなんだね。』

尾「まあ、母親がまともに作ってくれたのがそれだけだからな。

　愛されていないとわかっていても、温かい食事を自分のために作ってくれたのが嬉しかった。」

尾形は子供の頃から表情の少なかった。

それは母親の歪みゆえか

しかし彼はきっとだれよりも子供らしく、だれよりも母親を、愛を求めていた。

一見冷酷そうに見える彼は、実は一番愛という不定義なものに振り回される人物である。

Aの手に、尾形の手が重なる

尾「今から俺が話すことは人の道から外れてる。

　それでもお前は、俺と来るか？」

『もちろん。ここにいるって、いったでしょ。』

夜はまだ長い。