春あらし《4》 ページ10
「……寂しいので、喜べません」
躊躇いながらも、私は短くそれだけを答えた。
「ふぅん、可愛いこと言うじゃん」
しかしどうやら、私のその一言に先輩は満足したらしい。ふっと柔らかな笑みを飛ばした後、彼は胸元につけられた花を手にとった。桃色の桜のようなそれは、卒業祝いに配られた造花らしい。
「手、出して」
言われるがままに差し出した手のひらに、彼はその花を落とした。これあげる、と言った彼の顔を、驚いて花と交互に見つめる。
「俺からの選別。どうせ持って帰ったっていらないし、記念としてあんたが持っててよ」
ーー今日の俺は、気分が良いからねぇ。そう言った彼は、驚き固まる私の手をとる。それから、手のひらに乗った花をそっと握らせた。そして、優しい声で私の名前を呼ぶのだ。
「A、今までありがとう」
ずるい。
なんてずるい人なのだろう。こんなときに私の手を握るなんて、私の名前を呼ぶなんて。これじゃあ、せっかく諦めようとしても諦められなくなってしまう。
返事が出来ず視線を揺らした私に、先輩はまた微笑んだ。そして、もう行かないと、と私から手を離す。
「それじゃ、またねぇ」
行かないで。
そう言ってその腕を掴むことが出来たのなら、その言葉一つで引き留められたのなら、どんなに良かったことか。けれど、私の最後の意地がそれを許すことは無かった。最後に困らせたくはないという意地が、本心を開け放つことをギリギリのところで押し留めたのだ。
口から出ることがなかったそれを無理して飲みこむと、喉の奥がつんと熱くなる。その痛みを我慢して、代わりに吐き出したのはお飾りのようなテンプレートの台詞だった。
「……ご卒業、おめでとうございます」
おめでとうだなんて、これっぽっちも思っていないのに。おめでとうなんて祝いたくもないのに。だけれど、世間一般ではおめでたいことなのだから、私は祝わなくてはならない。
泣きたいのに、涙は零れなかった。代わりに私の胸を支配したのは虚無だった。まるで心臓のいちぶを失ったかのような心地。心に二度と塞がらない穴が開いた。きっとこれが、恋患いという病気の症状なのだ。
ありがとう、と泉先輩は笑った。そして踵を返し歩き始める。
その後、彼は二度と振り向くことはなかった。
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零奈 - 初コメ失礼します。とても綺麗な文章だと思いました。そう書くと、途端に薄っぺらい感想になってしまうと思ったのですが、どうしても伝えたいと感想を書かせて頂きました。今後も更新頑張って下さい! 密かに応援させて頂きます。 (2019年8月5日 10時) (レス) id: ea99f94738 (このIDを非表示/違反報告)
雛菊(プロフ) - とくめいさん» コメントありがとうございます。稚拙な文章ですが、そう言っていただけると創作意欲が湧きます。私もとくめいさんの作品を拝読させてもらっていて、ファンなのでコメントいただけてとても嬉しかったです。本当にありがとうございました! (2018年4月17日 19時) (レス) id: 1117a8b068 (このIDを非表示/違反報告)
とくめい(プロフ) - コメント失礼致します、どの作品も美しくも切ないものばかりで、とても深く心に響きました。中でも英智の話が印象深く残っております、今後も、何度か読みに来させてもらいます。陰ながら応援しております、体調にお気をつけて頑張ってください! (2018年4月16日 22時) (レス) id: c77f4429a1 (このIDを非表示/違反報告)
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