トラジック・アイロニー《4》 ページ15
「僕は何もしていないよ」
一歩踏み出すと、こつんと霊安室の床が冷たい音を奏でる。近づいた僕を拒絶するかのように身を強張らせた彼女を見て、僕は続けた。
「……ただ、彼が待ち合わせ場所に向かう途中、たまたま落ちてきた鉄骨の下敷きになっただけ。不慮の事故だよ、痛ましい」
「でも、その待ち合わせの相手は貴方だった。貴方と会う約束をしなければ、彼が死ぬことはなかった!……貴方が、全部仕組んだんでしょう?」
「いい加減にしなよ。事件だという証拠も無い、僕には動機も無い。僕に八つ当たりをしてもどうにもならないことは、君自身よくわかっているだろう?」
些か強い口調でたしなめるように言うと、彼女は黙り込んだ。理由は明白、言い返す言葉がなかったからだ。ーーただし、僕の言うことが正しかったから言い返せなかったわけではない。僕が犯人だと考えながらも、その証拠となるものが何一つなかったからだ。だから、彼女は黙り込むのみしか出来なかった。
でも実際、それは正しいのだ。ーー目の前で、冷たい屍となっている彼女の恋人を殺したのは、紛れもない僕なのだから。
恋い慕う相手に、もうすでに愛する者がいるのであれば。簡単な話、その人物を排除してしまえば良い。
ーーまず初めに、白柳Aの友人だと言って彼に近づき、仲良くなった。
そして休日、話があると言って彼を呼び出す。待ち合わせ場所の近くには改修工事中のビル。そこで吊り下げていた鉄骨を、彼の通るタイミングに合わせて落下させたーー。僕がやったのはこれだけだ。僕自身が直接手を下したわけでもないし、言わばこれは世間的に「不慮の事故」で片付けられる程度のものだった。
なおもこちらを睨めつける彼女に向かって、僕はいっそ残酷に思えるほどに穏やかな微笑みを向ける。そして、不恰好にも震えそうになる声に、無理やり平常を装わせて言葉を発した。
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零奈 - 初コメ失礼します。とても綺麗な文章だと思いました。そう書くと、途端に薄っぺらい感想になってしまうと思ったのですが、どうしても伝えたいと感想を書かせて頂きました。今後も更新頑張って下さい! 密かに応援させて頂きます。 (2019年8月5日 10時) (レス) id: ea99f94738 (このIDを非表示/違反報告)
雛菊(プロフ) - とくめいさん» コメントありがとうございます。稚拙な文章ですが、そう言っていただけると創作意欲が湧きます。私もとくめいさんの作品を拝読させてもらっていて、ファンなのでコメントいただけてとても嬉しかったです。本当にありがとうございました! (2018年4月17日 19時) (レス) id: 1117a8b068 (このIDを非表示/違反報告)
とくめい(プロフ) - コメント失礼致します、どの作品も美しくも切ないものばかりで、とても深く心に響きました。中でも英智の話が印象深く残っております、今後も、何度か読みに来させてもらいます。陰ながら応援しております、体調にお気をつけて頑張ってください! (2018年4月16日 22時) (レス) id: c77f4429a1 (このIDを非表示/違反報告)
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