三十七話 ページ39
自分に向かって、がむしゃらに駆けて来る彼の姿。
途中つまづきかけても、意にも介さない。
あの日放した手を今再び求めているようで、Aは目の奥が熱くなるのを感じた。
「……っ……銀時!!」
腕を伸ばし、震える足を二、三歩踏み出せば、彼の腕がそのままAの身体を掻き抱く。
「A…………!!」
強い力に息が苦しくなるが、Aはそれでも構わなかった。
懐かしいぬくもりに、堪えた嗚咽が止まらない。
背中に回した手で彼の服を握りしめると、腕の力がさらに増す。
逞しい腕だった。
あの頃と変わらない、強くて、優しくて、大切な。
「……うっ……ひぐっ…………」
ついに耐え切れず、Aの目からは涙が零れ落ちた。
あの日、Aは死を覚悟した。
しかし、閉じられた目がもう一度開かれた時、彼女は確かに生きていた。
崖下でAを見つけたという老婆に救われ、暫くは寝たきりの状態が続いた。
残した彼らのことを、考えない日は無かったように思う。
長いリハビリ期間を終え、ようやく動けるようになった頃に、全てが終わったことを知った時も、彼女が考えたのは彼等のことだった。
彼等がどうなったのか知りたかった。
同時に、知るのが恐ろしくもあった。
その答えから逃げるように、Aは数年の間、老婆と生活を共にした。
その頃体調を悪くした老婆が心配だったのもあるが、それだけでは無かったことを否定することは出来ない。
「銀時……!ごめん、私っ…………!!」
そう言いかけたAから銀時は身体を離し、子供のように泣きじゃくる彼女の顔を両手で包む。
彼女が泣いたところを見るのは初めてだった。
いや、正確には初めて出会った日に、泣き腫らした後の顔だけは見たことがある。
しかしそれ以降、特に戦時中には男ばかりに囲まれて過ごしたAは、何があっても涙を流すことは無かった。
苦しくても、常に自分を叱咤しているようだった。
そんな彼女が、今こうして銀時に再会出来たことで泣いている。
それがどうしようもなく愛おしく、同時に胸が痛んだ。
「お前が謝ることなんてねェ。全部俺が…………」
「銀時」
彼が制した言葉を、今度は彼女が制す。
彼の頬に手を添え、泣かないで、と微笑むAに、銀時はへらりと笑った。
「……何も出てねーよ」
「出てなくても、泣いてるの」
銀時はAの手に自分の手を重ねると、そっと目を閉じた。
「……おかえり、A」
「うん、ただいま」
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作者名:Lea | 作成日時:2020年5月21日 17時