十五話 ページ17
「近藤さん!待てって!!」
「くどいぞ、トシ」
近藤の後ろを、土方がずんずんと追う。
すれ違う隊士達は、土方の形相に戸惑いながら逃げるように道を開けた。
「アレは明らかに怪しい!あんな素性の知れねェ奴を自ら懐に抱え込んでどうする?」
「いい子そうじゃないか」
「アンタは甘い!そう言った女が爆弾だったことがあっただろ!!」
以前にも一度、真選組に保護されて後、屯所で働いた女があった。
彼女もAと同様に、身寄りも行く当ても無い女で、それを近藤が引き入れたのだ。
女は人当たりが好く、よく働いたが、その正体は攘夷浪士の間者だった。
土方の執務室を探っている所を近藤に見つかり、やけになって彼を襲ったことは記憶に新しい。
結局、近藤を仕留められなかった挙句に追い詰められた女は、その場で自ら命を絶った。
何とも後味の悪い事件だった。
「彼女もそうだとは限らない」
「それが甘いっつってんだよ!!」
一際声を荒げた土方に、近藤はようやく足を止める。
「……なァ、トシ。俺は、目の前の人間を見捨てて後悔することだけはしたくないんだよ」
「……………」
土方は振り返らない近藤の背中を静かに見つめた。
普段の言動は頼りないが、こうして不意に見せる居住まいは、土方さえも黙らせてしまう。
「確かに俺達が何かしなくても、彼女は立派に生きられるかもしれない。もしかしたら、いつか彼女に騙されるのかもしれない。だが、もし彼女が本当にただの普通の女の子で、慣れない江戸で危険な目に遭ったらどうする?」
近藤の脳裏に、昨夜のAの姿が甦る。
必死に誰かの助けを求めて土方に縋りつく震えた腕、途切れ途切れに紡がれる声。
彼女はただの暗所恐怖症と言ったが、もしかしたら本当は重大なことに巻き込まれていることを隠しているのかもしれないし、仮に真実だとして、また突然そうならないとも限らない。
この江戸でたった一人だという彼女を、放っておくことは出来なかった。
「俺はな、誰かが傷ついて後悔するよりも、誰かに騙されて後悔したいんだよ」
「近藤さん……」
分かっている。
彼がそういう人間だということくらい。
そういう彼だからこそ、土方達はここにいるのだ。
近藤という人間の領域は、呆れるほど広くて穴だらけ。
そして、そんな彼の隙間を埋めるのが。
彼が疑えない人間を代わりに疑ってやるのが、土方の役目だった。
「…分かったよ」
土方の返事に、近藤はようやく振り返って笑った。
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作者名:Lea | 作成日時:2020年5月21日 17時