『忘らるる』 ページ44
どうやらこいつの悩みは杞憂だったらしく、カウンターで項垂れる銀時を見て少し笑えた。
電話番号の書かれた紙は『坂田さんへ』と丁寧な文字で書かれていた。
「それにしてもあんな育ちの良さそうな女の子、なんでかぶき町なんかに顔を出したんだかねえ…
ましてや恋人もいるなら尚更ダメだと思うんだけど。」
「知らねえよ。…飲みたかったんじゃねえの?その、喧嘩したとか。」
「喧嘩で飲み明かそうってかい。」
「ちげえよ、一人酒。」
「ああ、まあ若いからね、分からなくもないけどさ…たかが喧嘩でこんなとこに呑みにくるかね?飲み屋街ならいくらでもあるってんに。」
「そこまでは知らね。…それに、こんな番号貰っても…」
ブツブツ珍しく何かに迷っているらしいこいつは、渡された電話番号の紙を見て『彼氏いるんだし。』とだけ。
「あんた携帯持ってないだろ。」
「俺が仮にあいつと連絡とったとしても彼氏の前でその電話を聞かれてるって考えると腹立つ。それでこの番号渡してきたのなら流石に心折れる。」
「あっそ。」
もうこいつのうだうだとしたナメクジ級のぼやきは聞き飽きたので、話半分でタバコに火をつけると銀時はまた話を変えた。
「なあ、」
「なんだい。」
「どんなやつなんだろうな。」
「誰がさ。」
「旦那。あいつの。」
「…さあねえ。見るからにいいとこの子だからね。その家の娘と付き合えるならそりゃ大したお婿だろうよ。」
「やっぱりAさんはオジョーサマか。」
不貞腐れたように呟いたそいつの頭は心做しか元気の無い天然パーマになっていた。
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作者名:hikari | 作成日時:2017年12月22日 23時