二百七十 ページ20
.
軍帽の下から覗くその真っ直ぐな瞳が、太陽の光を反射してAを射抜く。
何の他意も無い、ただ純粋な心配と気遣いだけがそこには映っていた。
「身寄りが無いというのなら私が力を貸そう 知り合いの士官の女中でも、見合いの仲介でも、出来ることなら助けになるよ」
飛びつきたくなるほどの甘い誘い、…かというとAにとっては決してそうでもなかった。
知らない士官の女中になってくだらない家事や雑務をこなすだけの一生や、花沢家の名に釣られたしょうもない士官の元へ嫁ぐことに何の魅力も感じることができなかったのだ。
あの男に、鶴見中尉に、初めて会ったときのまるで稲妻に打たれたかのような衝撃は今でも覚えている。
迸るほどのカリスマと覇気を前にあっという間に自分の芯などというものは崩れ去り、ただ服従するしかなくなった。
あの経験を超えるほどの魅力は、今の花沢少尉の提言には無いように思えた。
「ありがたいお話ですが、遠慮します」
「それはなぜ？」
「先程のように辛いこともままありますが、私は結構ここでの生活が性に合っているのですよ」
花沢少尉は何も言わなかったが、その表情は読み取れる。
そんなまさか、とでも言いたげだ。
まあ分かる。
彼の常識に��女が兵舎で暮らす��というものは無いのだろう。
「…そうか」
「しかしあなたのお人柄の良さは噂通りのようですね 今日のご恩もありますし、これから何か困ったことがあればいつでも私を使ってください 喧嘩でもお酌でも、それこそ女中のようなことだって、少尉殿のためならば何でもやりましょう」
「困ったこと、か…」
花沢少尉が味方についてくれれば、軍内での自分の安全も少しは保証できるというもの。
そんな打算的な考えもありつつ、Aは珍しく本心からそう申し出ていた。
花沢勇作は少しの間顎に手をやって考え込んでいたかと思うと、「そうだ！」とパッとにこやかな笑顔を浮かべた。
「では早速頼みたいことがあるんだ」
「何なりと」
「兄さ… コホン！尾形上等兵に会いたいんだが、君から取り合ってもらうことは出来るかい？」
今度はパチクリと目を瞬かせるのはAの番であった。
その様子を見て少尉は慌てた様子で弁解する。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 283人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
なお(プロフ) - 最後の結末はあの花を意識されてますか！？ (5月6日 11時) (
レス) @page46 id: b9f10e639b (このIDを非表示/違反報告)
ぽなふ(プロフ) - 塩トマトさん» いつも感想とてもモチベになりました！こちらこそ長く読んでくださってありがとうございました (2月26日 16時) (レス) id: 501bdc7901 (このIDを非表示/違反報告)
ぽなふ(プロフ) - べちゃべちゃだいこんおろしさん» 泣いていただけてこっちも感涙です…！完結できてよかったです (2月26日 16時) (レス) id: 501bdc7901 (このIDを非表示/違反報告)
ぽなふ(プロフ) - 豆腐プリンさん» うわ〜いつも感想とても励みになりました！ありがとうございます (2月26日 16時) (レス) id: 501bdc7901 (このIDを非表示/違反報告)
塩トマト(プロフ) - 完結おめでとうございます！ずっと素敵な文章と物語に感動と喜びと驚きとドキドキで満たされました！ありがとうございました！ (2月26日 15時) (レス) @page46 id: ce7328f6ce (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ぽなふ | 作成日時：2024年1月23日 23時
