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茶碗 ページ10

茶碗から一口救うとそれはAの口では無く、僕の口元へと導かれる。一体全体どういう事なのだろうか。たった一杯の茶漬けなのだぞ。自ら量を減らすような事をして良いのか。けれど、Aの瞳の色が変わることは無い。

「おれはお前に食べる姿を見せた。今度はお前がおれに食べる姿を見せるべきだ。公平にいこう。公平にな」

 淡々と紡がれた言葉を後三回ほど聞いてみたい。ふとそう思った。本当にこれは幻聴なのではないかと疑う。疑う他なかろう、気に入った奴にそんな事を言われてみろ、想像しろ、堪らないだろう。それは僕とて同じだ。

 Aに加えて、三人からの視線が痛い程僕に集中しているのが分かった。羞恥に駆られながらも僕の口元へと運ばれた一口を、あたかも何も感じていないような涼しい顔で口内へ招いた。美味い、美味いのだが視線が気になる。これが本来の味なのだろうかと疑ってしまう程に、何故だか緊張していた。

「美味いだろう?」

 そしてどういうわけだかAが誇らしそうに笑っている。僕は何を言えば良いのか分からず、非常につまらぬ言葉を言うほかなかった。

「何が公平だ。僕は貴様の上司だ」
「此奴が上司?え、もしかしてAさんって…」

 がたりとAが席を立つ。どうやら食べ終わったらしく、僕を細い目で見つめた。今度は無垢な色など全くない、ただの金の瞳だった。
 敢えて言うのであれば、これ以上人虎との対話が楽しめない事を悟ったような惜しむ色を孕んでいたと言うべきか。

「またな敦君。二度と会えない事を願う。次に会うとしたら、おれは本当の姿をお目に掛けよう」
「勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して再びおれとの対話を望まんとする気持ちをきみに起こさせない為だ」

 ぎらりと鈍く輝いたその瞳に人虎が身を震わせたのが分かる。異能力を発動させた時期が遅いのは明らかにAの方だ。だが、この圧倒的な姿に委縮されてしまうのは矢張り経験の差だろうか。

 勘定を終え、店を出ると空は来たときよりも暗くなっていた。冷たい風が僕の頬を撫で、Aの髪を乱して去っていく。見上げれば、星々と共に白月が輝いていた。

「今夜は良い月だな。これからどんどん欠けていくのだろう。惜しい、惜しいな芥川」

 その声は言葉とは裏腹に歓喜を覚えていた。この男は月を見て興奮を覚えているのだと、それを見て、僕も少なからず不埒な感情を抱いているのだと理解するには時間は掛からなかった。

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左目から鯖味噌(プロフ) - 司さん» 芥川にときめいて頂き有難う御座います。とても嬉しいです。これからもときめかせることが出来ると良いなあ…と思いつつ更新しております。最後はどうなるのか私自身余り分かっていない部分がありますが、見守って頂ければと思います。御感想有難う御座いました。 (2018年1月5日 14時) (レス) id: e982473bb6 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 翻弄されつつある芥川の健気さがいとおしくてときめいております!このままもどかしい関係性の二人もたまりませんが、相思相愛になった時のいじらしさを想像するだけで胸が焦がれそうです笑。素敵な作品をありがとうございます。陰ながら応援しております。 (2018年1月1日 16時) (レス) id: 7ab5912443 (このIDを非表示/違反報告)
左目から鯖味噌(プロフ) - クロりんごさん» そう言っていただけると嬉しいです。私自身、この芥川結構色々長く心の中で喋るな、程度には思っていたのですが矢張りそうでしたか。もう少し改行出来るように頑張りますね。今年もどうか温かい目で見守って頂けると幸いです。御感想有難う御座います。 (2018年1月1日 8時) (レス) id: 7e4ff29a97 (このIDを非表示/違反報告)
クロりんご(プロフ) - とっても面白くてこの作品大好きです!ですが、改行が少ないので読みにくい気もします。あくまでこれは私の意見ですので、なんとも言えませんが……これからも更新頑張ってください!応援してます! (2018年1月1日 7時) (レス) id: 8489cd9c31 (このIDを非表示/違反報告)
左目から鯖味噌(プロフ) - 鞍さん» 芥川が分からないことだらけの男になっていないか若干の不安を覚えつつ更新をしていますがそう言って頂けると大変励みになります。有難う御座います。鞍さんの応援にしっかりと答えられる様な作品にしたいと思います。御感想有難う御座いました。 (2017年12月28日 12時) (レス) id: e982473bb6 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:左目から鯖味噌 | 作成日時:2017年12月8日 21時

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