【文スト】躍り出よ

あの瞳 ページ8

あの瞳を見てしまった以上、僕は中へ進まざるを得ない。人虎と顔を合わせるのは癪なのだが、今日から飼う事になった酔虎の事を思えば許せる。心の中で今すぐこの店から出ろと叫ぶもう一人の自分を羅生門で黙らせてしまうと、意外な事に普段ならば激昂するであろうところを気にする事では無いであろうと宥める事が出来た。

　店員に案内された場所は人虎の隣のカウンター席。先程の平常心は何処へやら、僕は天井を仰ぐ事しか出来なかった。何故よりによってこの男の隣なのだと、今回ばかりは顔を顰める。
　せめてもの抵抗で人虎の隣をAに譲り、その陰に隠れるように僕はAの隣へ腰掛けた。だが、勿論気付いているのであろう太宰さんは呑気に手を振って来たではないか。

「隣、失礼する」
「はい、どうぞ」

　謝謝、と分かり易い中国語で感謝を述べるAに、人虎はきょとんと目を丸くしていた。それもそうだろう、Aはやたらと流暢な日本語を話すものだから外国人と前提を置く事は無い。故に、人虎がAを純血の日本人だと勘違いしても仕方が無いのだ。

　僕が店員に注文している間、どうやらAは人虎に興味を持ったらしく待ち時間に付き合って欲しいと申し出た。僕はそのような男とつるむ必要は無いと否定しようとした。だが、過去の行いをAが悔いているのだとしたら？此処で全てをやり直し、しっかりとした協調性を確立させようとしているのであれば僕がやろうとしている事はこの男の妨げになるのではないか？そう思うと、Aの好きな様にさせてやりたくなってしまった。
　人虎と酔虎が偶然とはいえこうして会話を楽しむのだ。運命と言っても良いのやもしれぬ。太宰さんも、その隣に居る国木田も僕がAの隣に居る事を不審がる事無くAとの会話に参加すべく身を乗り出していた。

「実は日本に来た事が無くてな。おれの日本語、大丈夫か？」
「問題ないと思うよ」
「そうですよ。最初は普通に日本人だと勘違いしていましたから。それにしてもお上手ですね、何処かで勉強していたんですか？」

　人虎の問いに、Aは自嘲的に笑った。けれどその笑みには気恥ずかしさも、居た堪れなさも含まれている様な気がして、僕は目が離せなかった。

「一応、勉強はそれなりに出来るんだ。それと、昔日本は良いぞと友人に勧められてな。いつか共に行こうと約束をして、それから勉強した」

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