【文スト】躍り出よ

傲慢ちき ページ20

もう話はここまでにしよう、言葉にするとAの心を傷付けてしまいかねない。ふと思った僕はその背を擦ると樋口へ威嚇射撃するように指示を出す。先程まで顔を赤らめていた樋口はこくりとひとつだけ頷くと懐から拳銃を取り出し、いつでも発砲が出来る様にじいと相手を隠れ見する。

「帰れないよ、僕にはきみが必要なんだ。誰かがきみを傲慢ちきな奴だと指でも差したのか？大丈夫、きみなら大丈夫だ」

　その言葉にAが、虎が咆哮した。姿は人のままだが、その瞳は確かに虎のものだ。がりがりとしきりにコンクリートに爪を立てる。何かに恐怖し、身悶えでもするかのように。まるで虎だ、獣だ。がちがちと歯を、牙を鳴らすこの男は不完全ながらも獣に姿を変えている。無様に這いつくばり、制止する樋口を気にも止めずに再び袁傪の方へと躍り出て行った。

「おれはお前が必要じゃない。きみなら大丈夫だと、違う。あそこへ戻ればおれはまた下らない自尊心のせいで何も出来なくなる。此処がおれにとっての楽園だ」

　悲痛な声だ。その声を全て聞き、慰めてくれるのは樋口でも僕でも、袁傪でもなく白く輝く月だけだろう。四足歩行を行うAは未だに異能力が完成しきれていない事に気付かぬ。多方面から銃口が向けられている事を、気付いているのだろうか。分からぬ。

「芥川、頼む！」

　再び虎が吼える。今度は僕が袁傪の前へ躍り出た。羅生門を発動させ、袁傪を威嚇する様に頬を掠める。先程の悲痛な声や態度は何処へやら、先に躍り出たAはからりと笑っていた。

　Aは姿を虎に変え、がぱりと大きく口を開き袁傪へ見せつける。ナイフよりも肉が切れそうな真っ白の牙、ざらりとしている大きな舌。全てを見せつけた。

「これが今のわたしでありおれだ、袁傪。おれは他者に教えを乞い、切磋琢磨する事の必要性を此処で学ぶつもりだ。もうお前の知っている李Aなど何処にもいないよ」

　唖然とする袁傪を躊躇いなく大きな後ろ足で蹴り飛ばす。言うまでも無く彼方へ吹き飛んでいく。それを見た部下共は悲鳴を上げるなり、当たりもしない粗末な腕前を僕達に見せつける。醜態を晒す者共を的確に屠っていく樋口がどれだけ優秀なのか、気付いた時には僕は薄く笑みを浮かべていた。

「乗れ芥川。多分だがその異能力はもう少し目線が上だと狙いやすいと思う」
「上司に指図するとは良い身分になったものだ」

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