中年男 ページ27
影が止まる。芥川が忙しなく周囲を警戒しているのが見せて取れた。これは賭けだ。Aが人生で最大と語っていく程の賭けだ。負けは許されない。勝利だけが求められる。喉を震わせるな。いつまで大根役者で居るつもりだ。
「さあ、何処かへ失せて貰おうか芥川。さもなくば私の異能力が君に襲い掛かる」
ぎりりと歯軋りをする芥川を瞳に写し、余裕だと言わんばかりに笑ってみせた。正体不明の異能力など恐ろしい筈だ。
異能力というのは口から出たデタラメだ。そんなもの、Aが持って居る筈が無い。だからこそ、半ば絶望していた演技力で勝利を勝ち取ろうとしているのだ。ギャンブルに興味など無ければ興じた事も無い。スリルなんて何一つ求めてはいない。そのせいか身体が段々と冷えていくのが分かる。
「昨夜の私を見ただろう?面白いくらい弱かったと君は思った」
「けど、こうも考えられる」
「実は私は異能力者で、それを使って今までジャック・ザ・リッパーとしてヨコハマを闊歩していたのだと」
影がAから遠ざかり、芥川の外套へと収まる。それで良い。Aは心の中でにやりとした。さっさと帰りたいくらいだったのだ。痛覚すらないのではないかと疑ってしまう程に化物じみた芥川を伸して探偵社に行く事は不可能。ならば、自分はそう易々と捕まる人間では無いと錯覚させてしまえば良い。
背を向けてはいけない。そのまま一歩、二歩と後退して曲がり角で視界から芥川が消えると一目散にまた走り出す。もし芥川が再び襲い掛かって来た時にどうすれば良いのかなど、今のAには思いつかない。ならば少しでもリーチを広げておくべきだ。尤も、ヒールのある靴では足音でばれてしまうかもしれないが。
こんな時、モリアーティならどうしただろうか。そんな事を考えだすが結局答えは出ない。出そうとも思っていないのだから出ないのは当たり前だ。
なんて、下らない考え事をしていたせいだろうか。黒装束の中年男にぶつかった。Aはべたんと尻餅をついて、男に何度も謝った。考え事をしていたんだ、と。男の顔をよく見ようと顔を上げた時、決して出会ってはいけない人物だったのだと遅くも理解してしまった。
「大丈夫かい、ヨコハマのジャック・ザ・リッパーさん」
「お前は…!」
ライヘンバッハの滝に落ちる時の心地とはこんな感じなのだろうか。Aの背筋が凍る。
ポートマフィアの首領、森鴎外はにこりと笑った。
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左目から鯖味噌(プロフ) - 書けるように頑張りますね。感想ありがとうございました。 (2017年12月27日 11時) (レス) id: e982473bb6 (このIDを非表示/違反報告)
左目から鯖味噌(プロフ) - 21さん» 有難う御座います。言葉が気持ち悪くないか何度も自問自答していたのですがそう言って頂けて嬉しいです。更にはご本人の方にも興味を持って頂きとても喜んでおります。お金を払いたい位だなんて恐れ多い言葉以外の何ものでもありません。楽しみにして頂けるような作品が (2017年12月27日 11時) (レス) id: e982473bb6 (このIDを非表示/違反報告)
左目から鯖味噌(プロフ) - 七葉さん» コメントありがとうございます。大抵今後の展開を考えない行き当たりばったりの不安定更新ではありますが七葉さんの温かいお言葉のお陰でまだまだ頑張れそうです。これからもっともっと楽しめるお話にしていく事が出来たら幸いです。コメントありがとうございました。 (2017年12月6日 21時) (レス) id: 7e4ff29a97 (このIDを非表示/違反報告)
七葉 - とても続きが気になります!これからどうなっていくかが楽しみですね!更新頑張ってください!応援してます! (2017年12月6日 20時) (レス) id: 88ee75b376 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:左目から鯖味噌 | 作成日時:2017年11月3日 14時