泣き真似 ページ23
下手な泣き真似をして走り去る。想像していたよりも社員寮は近かったらしく、Aの体力が限界値を超えるよりもずっと早く自室へと駆けこむことが出来た。
外でAの名前を連呼しながらドアを何度もノックしているが気にしないことにする。きっとそれが良いに決まっている。悪かった等と言っているが気にしない。気にしないことに努めよう。俳優時代に培った石の真似でもしてみるべきか。
「もう、静かにしてもらいたいのだよ…」
あと数分もすれば引き下がってくれる。きっとそうだ。そうでなければ国木田が風邪を引いてしまう。きっと敦がそんな国木田をどうにかしてくれるに違いない。そう信じていたい。
シャワーを浴びてさっさと眠ってしまおう。それが良い。流石に二日続けてシャワーを浴びないのはAの中では非常にまずい。
「さてさて、烏の行水に洒落こんでさっさと寝よう。それが良いに決まっている」
ぐっと拳を握り、今から戦場へ向かう様な凛々しい表情を浮かべながら浴室へと向かった。結びっぱなしの髪が痛い。解いて軽く手櫛で整えてみるが、段々と眠気がやって来てしまった。鏡越しのAはいつの間にかあどけない笑みを浮かべていた。
「こんな顔も出来るのだね、私は。あまり鏡を見ないものだからすっかり自分の顔を忘れていたよ」
無意識のうちに鏡に触れようと手を伸ばしたが、その手はすぐにひっこめた。鏡に指紋を付けるのは忍びない。視線を落として、深く溜息。なんだか幸せになっている様な気がして、非常に生きている実感がして、とても心地悪い。
もう一度思い出すべきだ。自分は何のために探偵社の一員になったのかということを。Aにはこれと言って悲しい出来事を持ち合わせていなければ、特殊な才能があるわけでもない。そんな自分が何故社員として働けているのかを、もう一度思い出すべきだ。
ベストを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外しながら口の中を強く噛む。せめてもの痛みだ。せめてもの、苦しみだ。頭の悪いAにはこうした子供じみた自傷行為しか思いつかない。衣服を全て脱ぎ捨てて生まれたままの姿になってしまえば、細い腕を睨んだ。
画材の為に一体どれだけの食事を怠ったか、分からない。
上等なナイフの為に一体どれだけの絵を描いたか、分からない。
シャワーのコックを捻る。冷えた身体には有難い程に暖かい湯がAの身体を濡らす。口の中に溜まった血を吐き出して、呟いた。
「この気持ちだけは、流せないのだよ」
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左目から鯖味噌(プロフ) - 書けるように頑張りますね。感想ありがとうございました。 (2017年12月27日 11時) (
レス) id: e982473bb6 (このIDを非表示/違反報告)
左目から鯖味噌(プロフ) - 21さん» 有難う御座います。言葉が気持ち悪くないか何度も自問自答していたのですがそう言って頂けて嬉しいです。更にはご本人の方にも興味を持って頂きとても喜んでおります。お金を払いたい位だなんて恐れ多い言葉以外の何ものでもありません。楽しみにして頂けるような作品が (2017年12月27日 11時) (レス) id: e982473bb6 (このIDを非表示/違反報告)
左目から鯖味噌(プロフ) - 七葉さん» コメントありがとうございます。大抵今後の展開を考えない行き当たりばったりの不安定更新ではありますが七葉さんの温かいお言葉のお陰でまだまだ頑張れそうです。これからもっともっと楽しめるお話にしていく事が出来たら幸いです。コメントありがとうございました。 (2017年12月6日 21時) (レス) id: 7e4ff29a97 (このIDを非表示/違反報告)
七葉 - とても続きが気になります!これからどうなっていくかが楽しみですね!更新頑張ってください!応援してます! (2017年12月6日 20時) (レス) id: 88ee75b376 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：左目から鯖味噌 | 作成日時：2017年11月3日 14時
