箱庭の海25 ページ25
「…坂田くん」
珍しい笑顔を噛み締めていたのに、その笑顔をしぼませたA。
ふうっと息を吸い、ゆっくり吐いた彼女の瞳の色は藍色に染っていた。
「絵本のお話していい?」
「…は?」
_________…
_______…
____…
小さな街の、小さな街灯の下。
古びたギターをポロンポロンと鳴らす歌うたいがいました。
彼は売れない歌うたいです。
ビックになることが夢な歌うたいは、毎日他の街へ出かけては歌を歌います。
けど、歌を歌っても誰も振り向いてくれません。
誰も耳を傾けてはくれません。
足すら止めてくれません。
歌うたいは孤独でした。
ある日。
歌うたいの庭に、どこからか飛んできた種が芽を出しました。
みるみる成長し、白い雪のような色の花を咲かせました。
歌うたいは、その美しさに心を奪われ、その花を愛します。
毎日水をあげ、毎日声をかけます。
時に自分の歌をきかせると、花はもっと美しく育ちます。
花も歌うたいを愛していました。
そんなある日のことです。
歌うたいが他の街へ出かけている時、歌うたいの街に嵐が通りました。
急いで歌うたいは帰りました。
けど間に合いませんでした。
嵐によって美しい白い花は、枯れてしまいました。
孤独だった歌うたいの唯一の家族だったのは、白い花でした。
一度知ってしまった幸せを失ってしまった歌うたい。
自分の過ちだと、歌うたいも命を絶つのでした。
ゆっくり、綺麗な声で分かりやすく話すAに耳を傾けていた。
話終えると、彼女は俺の瞳の奥を見据えながら苦笑いした。
「私の本当の父は、絵本を描く人だったの。この話はお父さんがつくった絵本の中で一番好きな作品で、私が駄々をこねるとお父さんはよく読み聞かせてくれた」
父ちゃんの事、思い出してんのか。
懐かしそうに優しく笑うA。
「孤独に慣れていたけど、温もりを知ってしまうと失った時の穴は自分では埋められないんだよ。死んでしまった方が、いっそ幸せなんだよ」
首を少し傾け、髪を揺らした彼女になんとも言えない感情になる。
…Aの父ちゃんも、Aと似たような感性を持っていたのだろうか。
「その花の代わりに生きるって選択肢はねぇの?」
ふと、そう言ってみた。
なかなか返事が来ないので顔を上げAを見ると、彼女は大きな目をさらに見開いていた。
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作者名:お茶 | 作成日時:2019年4月10日 1時