箱庭の海２１ ページ21
〜Aside〜
幸せそうな母親を見て、私は何も言えずにいる。
私が生まれた家庭は、一般的に幸せと呼べる環境だった。
両親は優しく、一人っ子だった分、私だけに注がれる愛情は果てしなく温かいものだ。
それに、自分で言うのもなんだが小さい頃から私は器用な人間で、運動も勉強も周りの人以上に出来た。
だから、人気者だった、友達も多かった。
家に帰って、百点の問題用紙を見せて。
両親はよく褒めてくれた。
嫌な事があっても、抱きしめてくれたお父さん。
寂しい事があっても、大丈夫だとそばにいてくれたお母さん。
大好きだった。
あの家が。
あの時間が。
あの二人が。
けどもう、暖かい家庭に戻ることは無い。
私が小学六年生の頃、父親が交通事故で死んだ。
トラックに撥ねられたらしい。
当時の私はその話をどんな心境で聞いたのだろうか。
思い出そうとしても、思い出せない。
唯一覚えていることは、お母さんが泣く訳でもなく、ただただ目の光を失って病んでいった事だ。
お母さんは自分を責め続けた。
私はなぜお母さんが自身の責任だと嘆いているのか理解出来なかった。
けどお母さんは、お父さんが亡くなったのは自分の過ちだと苦しみ続けた。
周りからすれば短すぎる一年。
けど私にとっては長かった一年。
お母さんは、一年苦しんで新しい人を見つけた。
助けたいと笑みを浮かべた、あの男。
お母さんの再婚相手は、とても人当たりがいい人だった。
気さくで、よく笑っていて、人を立てるのが上手い人だった。
お母さんの事も褒めて慰めて、私が何度声をかけても取り戻せなかったお母さんの笑顔を、一瞬で再生させた男だ。
悔しかった。
なぜ実の娘でもダメだったことが、あの男には出来るのか。
お母さんが大好きな分、余計にその憎悪は増した。
そして
中学二年生になった頃、義理の父親の様子が豹変した。
ただ、私の前だけ。
それが分かったのは、あの男に手を引かれたあの日だ。
学校から帰宅すると既にあの男は帰宅していて。
「…」
「おかえりなさい」
笑顔でそう言われたが、私は返すことが出来なかった。
ペコリと浅くお辞儀をし横を通ろうとすると、ガシッと腕を掴まれた。
「ただいまって、言ってごらん？Aちゃん」
キシキシと力を込められ、右腕がもげそうだった。
びっくりして声が出なかったのを覚えている。
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作者名：お茶
| 作成日時：2019年4月10日 1時
