日日是五色【ARS】 (ページ26)

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最初にそうなったのは、私が先生を初めて担当した時だった。

二宮先生はある新人賞を受賞したけど、それほど話題になったわけでもなく、二作目で作家としての力量が問われていた。

何度も先生とぶつかりながら『5人の探偵』を先生が書き上げた時、私は今まで感じたことのない達成感と高揚感でいっぱいで。

きっとそれは二宮先生も同じだった。

たぶんあの時のあの感情は、私と先生にしかわからないものだったと思う。

「今日は朝まで付き合って」
「え？」
「うまい酒飲みたい」
「……いいですよ？大ヒット作の誕生記念に私がご馳走します！」
「まだ売れてねえわ」

「売れます」

それまで軽口をたたいていたのに、急に先生が黙った。

「二宮先生？」
「予定変更」
「え？」

壁に押し付けられて、息をする間も無く唇が重なった。

「せっ…ん……待っ…て」

「大ヒット作の誕生記念にご褒美ちょーだい」

静かな家に私と先生の息遣いだけが響く。

先生が結婚されていることは知っていた。

驚いたけど抵抗はしなかった、と思う。
本当はそうなることを望んでいたのかもしれない。

先生が割り入れてきた舌に応える。

ふって息で笑われたのがわかって唇を離した。

「やっぱりね」
「…何がですか？」
「お前とキスしたらきもちいーだろなって前から思ってた」

・

「何考えてんの？」
「昔のこと思い出してました」
「ふうん」
「先生は興味ないですよね、過去も未来も」
「よく知ってんね」

先生が奥さんをどう思っているかはわからない。
私のこともどう思っているかはわからない。
だけど。
今、この瞬間、確かに先生は私を見てくれている、ということはとてもよくわかった。

先生が吸っているタバコは、外国のもので不思議な甘い匂いがした。
目を閉じると先生がついばむようなキスをした。

お酒を飲んでいるわけではなかったのに、頭がくらくらして、抱かれているのは先生の腕なのか薄いシーツなのかタバコの煙なのかわからなくなる。

あれからもう三年が経つ。

先生が原稿を上げる度に、私はこうして仕事場までやって来る。

いつ終わりが来てもおかしくない曖昧で不確かで死ぬほど幸福な、時間。