またね 【J.M】 ページ1
「もう絶対別れる」
私は低い声で呟いて、早足で波打際を歩く。
秋もだいぶ深まって、砂浜にいるのは私の他に犬を散歩している人と制服を着たカップルがひと組だけ。
穏やかな海とは裏腹に私の心は大荒れだった。
絶対絶対別れる！！ユウイチなんてこっちから振ってやる！！
よくドラマで見るみたいに、エンゲージリングを海に投げようとして、私は自分の目を疑った。
「え……ない！」
投げようとしたそれは、あるはずの左手の薬指になかった。
嘘。落とした？
思わず左右をキョロキョロ見回す。
「これ？」
背後から急に声をかけられて、振り向くとそこに立っていたのは彫刻みたいにきれいな顔をした男の子だった。
いくつくらいだろう、20歳くらいかな。
きりりとした眉にアーモンド型の瞳。
「違う？」
思わず見とれていた私は、慌ててその人の手の平に視線を落とした。
そこには、キラリと光る見覚えのある指輪。
「あ……！そう、です。けど」
「けど？」
別にもういらないんです、なんて言われても困るよね。
「ありがとうございます」
受け取ろうとしたら、ひょいっと避けられた。
「いらないの？」
「え？なんで……」
「さっきからの行動見ててなんとなく」
鋭い。
まだ若いのに。
というか見られてたのか、恥ずかしい。
その人はよいしょ、って砂浜に座ると、自分の隣をぽんぽん、とたたく。
座れってこと？
「なんで？それ婚約指輪じゃないの？」
「……」
そんなこと見ず知らずの若者に話したくない。
しかも美少年。
「見ず知らずの若者に話したくないかもしれないけど」
え？私口に出して言ってないよね？
「ただ話すだけでラクになることってあるじゃん」
不思議な説得力があって、私はその人の隣にすとん、と腰をおろした。
喧嘩の原因はよくある話かもしれない。
ユウイチとは結婚するつもりで、もう式場も決めていて、今日は3回目の打ち合わせだった。
ユウイチの仕事が忙しいのは知ってる。
だから引き出物の分厚いカタログを一人で見たし、招待状の宛名も私が全部書いた。
そんなのはいいの。
「では、次にウェディングケーキについてなんですが新郎様何かご希望はございますか？」
「……なんでもいいです。Aにまかせるわ」
どうしてそんなにめんどくさそうなの？
結婚式は二人でするんじゃないの？
打ち合わせを終えた私がそう言うと、彼は心底うんざりした顔をした。
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2018年9月22日 8時
