ib〜白い花言葉〜2

個性なき番人（3） ページ4

＿＿今日は何て日だ。
本来なら像が動いてる時点で気がまいりそうなのに、その像は殺人的なスピードで私についてくる。


そんな恐怖を今更ながらに味わっていた視界の中の床に、突如として黒い裂け目が現れた。


死角になって見えていなかったのか、はたまた本当に突然現れたのかはわからなかったが、少なくとも私には後者に思えた。


「う、うわぁああああ⁉︎」
180cmはゆうに超えているだろうか、少なくとも常人には飛び越せる幅ではない。
慌てて足を止めようとするが、最大に達したスピードの足はそう簡単には止まらず、まるで呪いのように足は加速し続けていた。


一瞬見えた裂け目の底は随分と暗く、中は永遠を超えるように深く続いていたがわずかな光がホコリを照らして、綺麗に輝いている。
あぁ、このまま落ちて死ぬのかな。


いざ裂け目を目の前にすると、やはりものすごく大きい。飛び越すなんて私には到底無理だろう。でも……。


「や、やるしかないよ……うん……！」


私はそう覚悟を決めると、そのままの速さを助走として右足を大きく踏み込み、自分が思う限りの大ジャンプをした。
両手で空中を掻き、無意味にも飛躍距離を伸ばそうとする。


本当にギリギリの位置だったが、運良く向こう側に足が引っかかり、そのままなんとか着地できた。


勢いで左足を強打したが、奈落の底に落ちて薔薇を失くすよりはマシだっただろう。
いや、落ちたところで即死だったかもしれない。


私の本当にすぐ後ろの裂け目からヒューヒューと風の音がこだましている。
実際目の前にしてみると思っていたよりも裂け目の幅は大きく、普段の私なら確実にアウトゾーンにはまっていたところだった。



＿＿限界に直面した人間の、馬鹿力は侮れない。



「あ……危なかった……！」



安堵するのもつかの間、私は勢い良く振り返った。
あれだけスピードの出る無個性だ、きっとこんな裂け目、ゆうに越えてしまう。
今度こそ息を整え、少し後ずさりながら向こうの様子を伺う。
すると、意外にも無個性は裂け目の数メートル前で足をピタッと止めて立ち尽くしていた。


あれだけ大きく振り上げていた腕を下げ、足をクネクネとさせてこちらの様子を伺っている。
少ししてから裂け目に向かって恐る恐る足を踏み出そうとするも、物怖じするようにまた後ろに下がるという奇妙な動きを繰り返していた。


……その様子から生み出された答えは、一つだった。

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