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「私、何も分かってなくて。あの子は苦しかったかもしれないのに……私、あまりに身勝手で、独りよがりで」
とめどなく溢れる涙を私は必死に拭った。息も苦しくなる。
まるで子供だ。いや、子供よりも馬鹿げているのかもしれない。布がこすれる音が、耳に触れる。視界が開けたときには、私はご主人様の腕の中にいた。
「サイファは謝らなくていい。謝る必要も無い。お前に罪はないよ」
ご主人様の愛は琥珀糖のように綺麗で甘い。だから、その優しい言葉に甘えそうになる。
「謝らなきゃいけないのは、俺の方だ」
ご主人様の腕に力がこもる。
「あの時、あの時、俺が心に隙を作ったから、お前は突き飛ばされた」
「それは、どういう……」
微かに震えた溜息を零した彼は、小さな声で話し始めた。私よりも大きなご主人様の体が、そのときばかりは弱々しく見えて私は堪らなくなり、その背中に腕を回してきつく抱きしめた。そうでもしないと、この人がどこかへ行ってしまいそうな気がした。
「あの異端は俺を食わずに、取り込んだ。そうすることで、俺の魔力を自分に取り込むことが出来たからだ。それが原因かは分からないが、あの姿になった異端はやけに俺の感情に敏感になっていた」
私はただ静かに彼の言葉に耳を傾けていた。
時間がゆっくりすぎていく気配がする。本当はどれくらい時間が経ったのだろうか。その感覚ですら、忘却しそうになる。
「思ったんだ。もし、もし、お前を上手く取り込めたら、この世界に二人きりになれるんじゃないかって。そうすれば、そうすれば、俺もお前も、何にも怯えなくてすむんじゃないかって。苦しまなくっていいんじゃないかって」
泣きそうな声だった。自分を訴えるような声だった。
私は彼の首筋に顔を埋める。
「例えばその世界が、果てのない暗闇だったとしても」
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