冬に近付くにつれ ページ30
私は目を疑った。今目の前の状況をそのまま説明するならば、「ワドルディが売られている」のだ。ぬいぐるみだとか、そういうグッズの類などではない。「生身の」ワドルディなのだ。一瞬人身売買なのではないかと考えが浮かぶが、あの大王そもそも魔獣買ってるしな、と気づきそのような思考は彼方へと消えた。自動販売機の中に入れられたワドルディは、無表情でどこか遠くを見つめている。
「……あの、フーム」
「ええ、言いたいことは十分にわかるわ。」
私の肩に手を置いて、こめかみを押さえるフーム。こちらもよほどだった。もう一度その販売機を見ても、状況は変わらない。ワドルディが鎮座している、ただそれだけだ。
「これって、買っていいやつかな?」
「おすすめはできないわね。デデデったらとんだ事しでかすんだから!」
今にバチが当たるわ、と心底腹を立てた様子で彼女は言い放った。確かに、これは流石にいただけない。変な事が起こらないといいけど……。
「はい……あれ、メタナイト卿。どうして──」
自分の部屋の扉を開けると、メタナイト卿がいた。今日はやけに人通りが少なく、城中が静かだ。ワドルディさえも、もう隊長ぐらいしか見かけていない。
「説明は後だ。付いて来なさい」
困惑しながらも、卿の後ろを付いて歩く。一体何があったのだろうか。今日の城の雰囲気もあってか、不安が募る。彼の足音がコツン、コツンと廊下に響いた。
「ついにワドルディの在庫が底をついてな──陛下が、代わりの者を探しているらしい。」
「え、それって……捕まったら大変な事になりますね。」
きっと捕まれば、一日中働き潰しでへとへとだ。想像して、思わず顔が青ざめる。
「他の者は既に身を隠しているからな。残す者はそなたぐらいだ」
ちらりとこちらを見られ、どきりとして一瞬足を止める。どうかしたのか聞かれたが、何でもない風を装って返事を返した。もう季節は冬に近づいている。今こうして歩いているだけでも、足の裏に流氷が張り付いたかのような冷気が伝わってくる。あんなにも暑かった夏が過ぎて、今では冬の気候に移り変わりつつあった。
一年は過ぎ去るのが早い。誰かが「月日は旅人のようなものだ」と言っていたが、こんなにも早いなんて。
「もう……冬ですね。」
「そうだな。Aは、冬は好きか?」
明けて間もない灰色の空を仰ぎながら、少し考える。振り返ってはい、とだけ返し控えめに微笑むと、彼の目が暖かくなったような気がした。
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Taruru(プロフ) - 武藤さん» コメントありがとうございます!お褒めのお言葉ありがとうございます、今までに一番力を入れて書いている作品なのでコメント頂き本当に嬉しいです! これからも更新を頑張って行こうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。 (2018年7月23日 22時) (レス) id: d72b270231 (このIDを非表示/違反報告)
武藤(プロフ) - 初めまして!感想が山ほどありすぎて、全てをお伝え出来ず本当に申し訳ない…ここまで心を揺さぶられ、締め付けられる作品に出会えたのは初めてです…本当にありがとうございます…! (2018年5月22日 0時) (レス) id: 957024adf4 (このIDを非表示/違反報告)
Taruru(プロフ) - Lavenさん» Lavenさん、コメントありがとうございます! 返信遅れて大変申し訳ありません……小説を閲覧頂きとても嬉しいです。これから本格的に終わりに近づいていきますが、頑張って更新をしていこうと思います! 応援ありがとうございます。 (2018年3月17日 16時) (レス) id: c1df570a9b (このIDを非表示/違反報告)
Taruru(プロフ) - 東方&カービィラブさん» コメントありがとうございます! 受験は無事終わりましたので、更新は定期的にできるようにはなると思います! もう物語も終盤ですが、どうぞ最後までお付き合い頂けると嬉しいです。 (2018年3月17日 16時) (レス) id: c1df570a9b (このIDを非表示/違反報告)
Laven - Taruruさん、お久しぶりです! 以前に貴方様からコメントをいただきましたLavenです。いつかこちらにお邪魔しようと思っていたらかなり間があいてしまいました……。今後の展開が色々と気になり過ぎます! 今でも更新を待ち遠しく思っています、頑張ってください! (2018年3月4日 20時) (レス) id: 8121ec6dbe (このIDを非表示/違反報告)
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