林檎と指環 (ページ10)

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「...あの。」

『...はい？』

暫くの沈黙の後、隣の席の男が口を開いた。

あの、なんて言うから誰に話しかけているのかと思ったけれど周りに座っているのは私だけで少しの間のあと返事を返した。

「...どこかでお会いしたことありませんか？すごく見覚えがあって。」

酔いの回った蕩けそうな脳みそで考えてみるが、私の記憶の迷路にはこんな顔、見当たらない。
こんなに眉目秀麗の方、1度目にすれば忘れられないだろう。

『ふふっ、口説いてるの？』

酔いがまわってきた私はくだらない冗談を言ってしまった。
ふと、左手に右手を乗せたせいで薬指の銀色の指輪に触れた。
その感触にハッとさせられ、既婚者の癖に何をしているのだ、と恥ずかしくなった。

しかも相手は歳下の若い子で、恋人がいるに違いないのに。
とんだ身の程知らずである。

「...そうやっていったら？」

返ってきたのは予想外の言葉。
驚きのあまり言葉が出ず、反射的に顔を見てしまった。

心做しか、彼の目は熱を帯びていた。

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