【太宰治】一腕一足の少女 (ページ49)

今日:1 hit、昨日:5 hit、合計:27,960 hit

歯痒さページ49

「組織の誰もが其方の首を狙っておるぞ。」

「ははは、行列に並ぶよう云わないと。」

其れも其の筈で、太宰さんは元幹部且つ森さんが首領になった瞬間を目撃した人なのだから、組織を抜けた彼を何としてでも殺したい輩は五万といる。

彼が殺された暁には私の首も路肩に並ぶ事だろう。

「……童、鏡花は無事かえ。」

「彼女は…行方知れずだ。

貴女の所為だ。」

事の起きた公園で確かに逃げ果せた鏡花さんの姿を"見た"のだが、負傷者が居た為に其の行方を追うことは叶わなかった。

非難せずにはいられなかった敦さんの叱責が姐さんへ向かうと、彼女は流麗で球を転がす様な無邪気さを孕んだ笑いを喉から上げた。

其れに気を害した敦さんは彼女に手を上げかけたが、空かさず太宰さんが止めに入った。

「彼女は私に任せ給え。君は外に」

「太宰さん！」

「善いから。」

扉へ方向転換された敦さんは、物云いたげな顔乍ら部屋を出た。

彼はまだ少年だが、其れでも賢い。大人な判断がちゃんと出来ている。

太宰さんが何かをしようとしていると察せたので、私も杖を扉へ伸ばした。

「…お二人共、物騒な事は控えて下さいね。くれぐれも。大人なのですから。」

確りと釘を刺してから医務室を出ると、廊下に頼りない背中が見えた。

私は態と音を立てるように早足で進んだ。

「……彼の娘は変わらぬのう。

ちっとも変わらぬ。

闇に揉まれようと、光に浸されようと、己の純粋さを決して霞ませることはない。」

「Aちゃんが相変わらずで安心した？」

「…と同時に、お主に穢されてはおるまいかと常々心配じゃった。」

「彼女が私に流される程、色恋に浮かれるなんて事ないのは分かるでしょ。」

「腹立たしい。彼の娘の事を誰よりもお主が分かっている事が腹立たしい。」

「まあまあ。Aちゃんに釘を刺されたから余り不穏な事は出来ないわけだけど。

開戦までもう間がない。

そして捕虜には大事な仕事が在るよね？」

太宰は軽薄な笑みを乗せ乍ら、鋭く絡みつくような怖気を帯びた眼差しを紅葉へ向けた。

ゾッとする言動の一つ一つが部屋の空気を満たす中、更には医務室を密室としてしまった。

「此処からは、大人の時間だね。」