【шт】Assorted sweets【短編集】

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少し冷えた大きな手が、私の手を包んでいる。

彼らしい、優しい握り方。

それを振り払っていつもの帰り道に戻ることは、いくらでも出来たのに。
今も彼の大きな背を追っているのは、やっぱり結構、参っていたからだと思う。

冒険しよう。

そう言ったぶるーく君は私の手を引いて、街灯が点き始めた夜の住宅街をふらふらとあてどなく"冒険"する。

知らない路地裏。安い自販機。猫の集会所。

見慣れた道を1歩踏み外してみると、私の知らない世界が広がっていた。

切れかけの街灯が照らすコンクリートの世界に2人、手を引いて、引かれて、ただ歩く。
誰に笑われたって構わない。何処にも行けなかった私にとって、それは確かに冒険だった。

｢……ありがとう、ぶるーく君｣

｢んーん、僕も連れ回しちゃってごめんね?｣

私の家に続く曲がり道。
夜遅いから、と手を引いたまま送ってくれた彼の背中にお礼を言う。

時間切れだ。
冒険は終わる。魔法は解ける。
日常に、戻らなくてはいけない。

｢ありがとう｣

もう1度、彼と向き合って告げてから、ひとつになった手を離した。
ゆっくり、魔法が解けて重くなった革靴を、家へと向ける。


｢Aさん｣


ぶるーく君が、背後で優しく囁いた。

｢僕たちは子供で、それは僕たちじゃどうしようもない｣

｢人間は1人じゃ生きられないし、それはいくつになってもおんなじ｣

｢でも、僕たちは本質的に孤独だよ。自分を1番愛してあげられるのは、結局自分だから｣

｢忘れないで。僕らの心は自由だってこと｣

街灯の下、ぶるーく君がふわり、笑った。

｢……まー、何が言いたいかって言うと〜、また一緒に冒険しようね、って話!｣

｢……うん、また、｣

おどけて見せたぶるーく君に、笑顔を返す。
彼は、曲がり角へと消える私に、最後の最後まで手を振って見送ってくれた。

足取りは軽い。

自然と上向く目線の先、ふと映ったのは、夜空に燦然と輝く船乗りの道標。

何処にも行けないなんてこと、なかった。
私は、私たちはあの瞬間、何にも縛られない冒険をした。

それだけで、良い。

息を吸って、吐いて。

……もう、大丈夫。


｢ただいま｣


……その後すぐ玄関先で、今朝の言葉を私以上に気にしていたお姉ちゃんが、わんわん泣きじゃくりながら謝るのを宥めるのに、かなりの時間を費やしたのは、また別の話。

終わり ログインすれば
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