忘れられた手記/kryn【リク】 ページ34
※工スケ─プパロ
奴は狂気そのものだった。
奴の、空っぽの硝子玉みたいな眼。
きっと、それを綺麗だと思ってしまった時点で、俺もとっくに正気じゃなかった。
そのつもりだった。
そうだ。
もしそうなれたならば、どんなに良かっただろう。
「きりやん先生、おはよう!」
無知は罪だ。
彼女は己がどんな状況下にいるかも知らずに、今日も俺に眩しいほどの笑顔を向ける。
「おはよう、Aちゃん。調子どお?」
「んー、微妙です。なかむ先生が言ってた副作用?かな」
首を傾げながら、彼女は手のひらを握り、開く。
四肢の末端に兆候あり。カルテに一言書き加えて、顔色が悪い彼女を見やった。
「そっか。しんどくなったらすぐ言ってね」
「はぁい。先生も、お疲れ様です」
この、彼女の暖かい眼差しに心の端がチリチリと焦げるのを、俺はもう随分と前から気が付かないふりをしている。
だから、二度と戻れない所まで落ちて、堕ちて、やっと胸の内と向き合った時には、もう何もかも手遅れだった。
「せ、んせ、たす、けて」
凡そ人とは思えぬ姿形のAが、俺に手を伸ばす。
……俺は。
俺は、伸ばされた手を掴もうとすらしなかった。
非情に嘲笑ってやることも出来なかった。
救いを乞う手に、声に、涙に、
チリチリジリジリ焦がされて、俺はただ、その場からみっともなく逃げ出した。
「っはぁ、はっ、はぁ、ッ」
足が重い。肺が熱い。喉が焼けそうだ。
不意に足がもつれて、無様に地に膝をつく。
「どうしたの、きりやん」
降ってきた声に顔を上げた。
いつの間にやら辿り着いた焼却炉で、奴が何かを腕に抱えている。
「お前机周りいい加減片付けろよな。もう、ごみは捨てとくよ?」
あ。
声を上げる前に、奴の細い腕から"ごみ"が焼却炉へ放り込まれる。
あの子がくれた、中庭の花の冠。
とうに萎れたそれが、燃えて焼かれて灰になるのを、俺はやっぱり、どうすることも出来なかった。
:
:
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狂人になりたかっただけの愚か者。
それでいい。それがいい。
空っぽの瞳も、純粋な狂気も。
暖かい眼差しも、差し伸べる手も。
何も持たない、ただの俺。
俺が俺以外の何者にもなれないこの事実こそ、きっと俺への罰なんだ。
「きりやん、今日は4人も患者が増えるからね、忙しくなるよ!」
「わぁってるって。昨日からそればっかじゃん」
「ん?それ何、捨てんの?」
「あー、ただのごみだから」
医師の手から、手記が焼却炉へと滑り落ちる。
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あいりす(プロフ) - 無理してほしくはないので! (2023年1月28日 14時) (レス) id: 255513ac99 (このIDを非表示/違反報告)
あいりす(プロフ) - あ、無視してもらっても良いですよww (2023年1月28日 14時) (レス) id: 255513ac99 (このIDを非表示/違反報告)
あいりす(プロフ) - リクです!Smさんに!「ご飯にする?お風呂にする?それとも私?」をお願いします!シチュエーションは何でも良いです! (2023年1月28日 14時) (レス) id: 255513ac99 (このIDを非表示/違反報告)
半熟卵(プロフ) - すいみん。さん» 嬉しいコメントありがとうございます!少しでもすいみん。様に楽しんで頂けたのならば幸いです☺︎ (2021年9月28日 19時) (レス) id: f0de40f6dd (このIDを非表示/違反報告)
すいみん。(プロフ) - すごい、すごすぎます。””本物””の小説を見ているようです。視点主の気持ちをうまく文に乗せていて、感情が読み手側に考えさせられる?というか、なんとういか…。=素敵です。次の更新も待ってます、無理せず頑張ってください! (2021年9月27日 21時) (レス) id: 89ac922806 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:半熟卵 | 作成日時:2021年2月4日 21時