番外編・十年後 ページ34
「わたる!おれもいく!!」
スルリと手から離れた小さな背中は、玄関先で靴を履く大きな背中に抱きつく。
「ダメだ。お前はここで待ってろ」
「なんで?おれもいきたい!つれてけよ!」
「芳、頼むから…困らせるなよ」
「…だって……」
今にも泣きそうな声。
ここからじゃ見えないけど、きっとあいつによく似た眼には涙が溜まっているのだろう。
「……大丈夫だから」
バタン、無機質な音が玄関に響いた。
その小さな背中がどんな想いでいるかなんて俺には計り知れない。
「……………偉いなァ、おまえ」
「…………………」
「母ちゃんのことが心配なんだよな」
涙が流れる横顔を見て見ぬ振りした。
男は泣いてるところを見られたくない生き物だから。
頭をくしゃっと撫でた俺に、芳は小さな声で呟いた。
「…………みっくん、ナンザンって知ってる?」
「知ってるよ。大人だからな」
「おれはよくわからないけど……それがよくないものだってのはなんとなくわかるんだ…」
「…………………………」
数ヶ月前にニコニコな笑顔で二人目を授かったことを報告して来たあいつは、
数週間前に体調を崩して入院したって横尾くんに電話で聞いた。
心配になって顔を見にいったけどあの笑顔はそこにはなくて、
ただ、辛そうなあいつを見てることしかできなかった。
横尾くんは「産みたい」と言うあいつの小さな手を力強く握って、「大丈夫」と言っていた。
つくづく俺は横尾くんには敵わないと思ってしまった。
「……………お前が生まれた日のことをさ、俺はよく覚えているよ」
「なんでみっくんが知ってんの?」
「そりゃァ、立ち会ったの俺だし?」
「わたるに怒られるぞ、みっくんは母さんのこと好きだったんだろ?ひとのものに手出しちゃいけないんだよ?」
「おまえ…どこで覚えてきたんだよ」
子供っぽいかと思えば急に大人みたいな口調になる。
あいつによく似た眼で俺を見る芳は、生意気なところが横尾くんそっくりだ。
そんな芳の手がギュッと、俺の手を掴む。
その不安を掻き消してやりたかった。
「そうだよ。俺が好きになった女なんだから、そう簡単にくたばんねーって!」
そう言って笑いかけると、「なにいってんの?」と呆れたように笑う芳はあいつと同じような笑顔を見せた。
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作者名:ちゅん | 作成日時:2017年2月21日 0時