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付けた筈の傷が綺麗さっぱりなくなっているのは驚いた。相当な力を込めて蹴り飛ばした右頬。青痣になって腫れ上がった頬はもう、多少赤みを帯びてはいるがすっかり治っていた。擦り切れた鼻先や額も、元のつるりとした肌に戻っている。長時間拘束され続け、更に暴力まで振るわれたというのに当の本人はぼんやりと大人しくしていた。ゆったりと睫毛が瞬きを繰り返している。見え隠れする黄金と碧。桁外れの回復力と生命力を持つ伝説となった種の生き残りが隣にいる。つんとした、そっけない表情。あの時感じた、母親のあの面影は何処にもない。
あの時、殺せと笑ったAは母を思わせた。地下の娼館で娼婦として生きていた母。娼婦というが、地下に生まれた者の宿命だった。そうでもしなくては生きていけないのだから。常に、何かしらの覚悟をしていた人だった。灰青色の瞳は強い意思を持っていた。ぼろぼろの、決して美しいとは言えない体で。痩せ細り骨が浮き出る程になっても、その瞳が濁ることなどなかった。幼いながらに自分も、母の覚悟というのを体感していた。底冷えする地下で、所々穴の開いた薄いぼろ布のようなシーツに二人くるまって、ガチガチと歯を鳴らしていた。温もりを求めてしがみつく俺を見て、母は笑った。何処か悲しげなそれ。諦めたような、悟ったような。
そっくりだった。そのもの、だった。
痩せ細った腕に脚。尖った肩先や頼りない首。母がそこに居ることなど有り得ないというのに。
ハンジの嗚咽に混じって聞き取ったのは余りにもやり過ぎだった、最初の一発で充分だった、酷いことをした、など。どうせ治るのだからと言っても、ミケとナナバは揃って苦い顔をするし、エルヴィンにも苦言を貰った。分かっていた。が、そこに母の面影があるのが許せなかった。その面影を消し去ってしまいたかった。過度の暴力は、Aが危険であるということと、調査兵団の力を誇示するため。そして、
｢A、傷はもう平気なのか｣
｢はい。案外すぐに治りました｣
｢そうか……。こんなことを言っては何だが、リヴァイのあの行動は｣
｢私を王政府に奪われないようにする為の演出だった、説明出来なくて申し訳ない、ですか｣
｢…………｣
何とも思ってないですよ、と小さな口はそう溢した。わざとらしく目を細めて。
｢エルヴィンさん、いい加減にしてください。私は兵器です。私の身体は貴方達のもので、私は貴方のために死ぬ｣
躊躇わないで、と懇願する瞳は酷く悲しげで。
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作者名：英 | 作成日時：2017年10月5日 21時
