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不意に甘い匂いがしてきて、目が覚めた。途端に体を襲う寒さにぶるりと震える。まだ外は暗い。隣にいた筈の温もりがなく、体に薄い毛布を巻き付けてベッドから下りた。靴の踵を踏みつけたまま歩みを進める。
ぼんやりとキッチンから明かりが漏れていた。と、更に強くなる独特な甘い匂い。
｢おかあさん……?｣
ぱちぱちと薪の燃える音。半歩足を踏み入れたそこは暖かい。見慣れた後ろ姿に声をかける。少し裏返ってしまったのは、寝起きと、寒さのせい。
光を反射する金髪が揺れた。濃紺の寝間着を着た背中がこちらを振り返り、少しばかり驚きで目を見開いた後、僅かに口元を緩めた。
｢……起こしてしまったのね。ごめんなさい｣
目を伏せた母はどこか悲しげだった。
｢ううん。そうじゃなくて……鋏?｣
ふ、と視線を向けた母の左手に、錆び付いた鋏が握られていることに気が付いた。
｢ええ。少し、ね｣
こっちにおいで、と誘われて歩み寄る。
暖炉の前で背の低い椅子に座る母の膝に乗った。途端に抱き締められ、肩に顎が乗せられる。くすぐったさに身を捩ったけれど、腹部に回った腕の力は強くなるだけ。あの甘い匂いは、母からするものだと気付いた。
｢おかあさん、甘い匂いがする｣
｢そう、かしら。分からないわ｣
｢ふうん｣
何だか歯切れの悪い返しに不満で、振り向こうとしたらぐ、と頭を押さえられた。何事かと力を込めて振り向こうとしたらとしたその瞬間、じゃきん、と音が耳のすぐ後ろから聞こえた。と、ぱらぱらと落ちる金糸。それが母の髪の毛と気付くのに数秒の間があった。
｢お、おかあっ｣
｢A｣
ぐ、と抱き寄せられ二人の隙間がぴっしりと埋まった。背中に感じる温もりに反して、握り合った手は雪のように冷たい。爪の痕が残るくらいぎゅうっと握り締められて痛かった。
｢……て｣
｢え?何?何て言ったの?｣
｢私たちに残せるものはもう何もないけれど。｣
ばさり、と燃える炎に放られた長い髪。ごうっと包まれて、段々燃えていく。緩まった拘束から腕だけ出して、短くなってしまった母の髪に触れた。
｢生きて、生き延びて｣
幸せに、なりなさい
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作者名：英 | 作成日時：2017年10月5日 21時
