【短編集】夜灯、水面に移り行く感情。【文スト】

枯れた花に水を挿すこと/条野 ページ5

「Aさん、此処に居ましたか」


背後からの聞きなれた声の主は、こつこつと静かな靴音を響かせ、此方に歩み寄ってくる。
夜九時近くになったヨコハマの地は、漆黒の闇に包まれている。
仮令任務と云えども、この時間まで働くのは、睡眠愛好家としては正直今すぐにでも改正してほしい。
　

「明日も仕事なのですよ。早く帰って休まなければ、朝起きられないのはもう目に見えているでしょう?」


私は口を閉ざしたまま、彼には見えない___見える筈のないヨコハマを見下ろしていた。
彼＿＿＿＿＿条野は、幾ら呼びかけても微動だにしない私に、深くため息を吐く。


「＿＿＿＿＿Aさん、いい加減に…」
「近寄るな、条野」


私の冷淡な声が、静かな空気を打ち破った。
別に、対して胸が痛くなることは非らず、むしろ此れが私達の当たり前であった。
ただでさえ人間嫌いな私がここまできつく言えるのは、信頼しているから、とも云えよう。
条野には、迷惑をかけている。
自分勝手に行動する上に、きつい言葉を当たり前のように投げる。
そんなもの、仮令友人同士であれど、あってはならないだろう。


「……私は一人でも、」
「私がAさんと帰りたかったので」


そんな私でも、条野は優しく接してくれる。

もっと、ちゃんと云ってよ。

嫌ならそう言ってくれればいいのに、なのに。

私は、いつも条野の優しさに甘えている。


＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊

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