玖. ページ9
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「 なに見てるんだ? 」
茜色に染る村。
夕日はもうすぐ山隠れ、蜻蛉が空を自由に飛んでいた。
「 古典の書物!寺子屋の先生がくれたの 」
古びた神社の境内、そこは私達の特等席。
いつものように隣に座る十四郎君は、私に顔を寄せ覗く。
「 お前はすげーな、俺は文字が二行続くだけで頭痛がする 」
「 推薦状も来てるんだろ?...行くのか、江戸に 」
小さなこの村の伝達力は恐ろしい。
隠していた話題をすんなりと口に出され驚くも、すぐさま顔を横に振った。
何故だと聞きたそうな表情に自然と頬が緩む。
「 だって私、武州好きだもん 」
貴方がいるこの場所が、この時間が、大好きだった。
「 それに、約束したじゃない 」
「 " 大人になったらいつか、一緒に江戸へ行こうね "って 」
今となっては幼い頃の約束だけれど。
まるで、覚えていたのかなんて言いたげな顔。
「 あぁ、そうだな 」
静かに空を見上げる横顔。
優しいその瞳には茜色が映っていて。
真似するように見上げれば、風が頬を撫でていく。
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「 ...ん.. 」
目を開ければ古典の書物。
もしかしてなんて慌てて外を見ても、変わらない狭い籠の中。
どうやら帰りの道中のまま眠っていたようだ。
鏡台に目を向ければ、化粧が施された自分の姿。
先程の客が付けていたお香の残り香が着物から漂う。
「 ...もう思い出せないや。秋風の匂い 」
夢というものは残酷だ。
魅せるだけ魅せて、覚めてしまえば私を突き放す。
「 私も同じようなものか.. 」
見慣れてしまった慣れない自分の姿が映る鏡に自嘲気味な声が落ちる。
一人にしては広すぎる部屋。
誰かが階段をあがって来る音が響き、悟られまいと笑顔を作る。
「 どうぞ、お入りになって 」
襖を開けたのは男衆の一人。
その顔はどこか強ばっていた。
「 なんだか今日は騒がしいわね。誰か来たの? 」
「 新しい雇い人が3人程。使い物になりませんが遊女たちに大変人気でしてね 」
「 あら、それは私もご挨拶したいものね 」
大きな遊郭だ。男女問わず此処にはたくさん雇い人はいるが、警戒心の強い遊女達が気に入るとはとても興味深い。
「 是非後程に。..それよりもお耳に入れたい事が、 」
話題を戻され再びピリリとした雰囲気に戻る。
話は大方わかっていた。
「 ......楼主様がお見えになりました 」
「 ...えぇ。すぐ行くわ 」
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作者名:□白澤□ | 作成日時:2020年10月22日 11時