抱き締めてください，太宰さん

6.醜い人間は…… ページ6

男は，凄く手強かった。


だが，炎での攻撃はしてこなかった。
若しかすると，発動にかなりのエネルギーが掛かるのかもしれない。

だが，巧みに繰り出されるナイフと拳，蹴りに，私は少しずつ押されていった。


さっき焼かれたところがひりひりして痛い。

偶にナイフが掠って痛い。


糞。

負けるのか？ 死ぬのか？ 私は。

こんな処で。こんな男に殺されて。


厭だ。
負けない。
負けたくない。

殺したい。



「――っ」

男のナイフが，咄嗟に顔を防御した掌を貫通する。

「たまった」

男の声と同時に，私の全身から炎が上がった。


「ぐあああああぁあぁアアァアァｯｯｯ!!!」


痛い。熱い。


男は炎を意に介さず，私を蹴り飛ばし，私に馬乗りになる。

ナイフで私の全身を出鱈目に刺していく。

男の目に宿っているのは嗜虐心のみ。


最初は激痛が走っていたが，段々と痛みは感じなくなり，意識が朦朧とし始める。

男が振り上げたナイフが，頸を刺したのを感じた。

そして私の視界は暗転する。

死だ。


「異能力――――」



死の直前，私は呟いた。




＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿

「はははははっ」

人気のない路地に，男の乾いた嗤い声が響く。


「結局こいつも死にやがった。
　弱いねぇ。今頃家族に出会ってるかもな。
　ハハハハハ―――」

ガツン！

男の嗤い声が，刈り飛ばされたかのように途切れた。

彼女がゆらりと立ち上がる。

＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿


私の異能力は，私自身にも発動する。
尤も，それを知ったのは今さっき。


「な，お前……」

私に頭を殴られ上手く動けない男に，私は追撃を加える。

躰を蹴り，手足を踏み潰し，顔を殴った。

意識が消えかかった男の瞳に写る，醜い人間が，一人。

顔の左半分は焼け爛れ，左目は既に光を失っている。
傷だらけになって，でも必死に人を殺そうとしている。


同時に，家族の顔が甦る。

笑う皆。
私はもっと，皆と居たかった。

ごめんなさい。


道路のコンクリを殴っていることに気付き，漸く手を止めた。



「フフフフ。アハハハハハッ!!」



自分の物とは思えない笑い声が，溢れ出す。

止まらない。


はあ。

もう15分経つ。


死。


怖くなんてない。


でも，やっぱり，死にたくない。



太宰。

貴方に逢いたい。


死ぬなら貴方の顔を見てからが好かったな……。




私，多分，貴方の事がずっと好きだった。

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