とある夜のお話2

幻でいてほしかった場合1 ページ19

＊



「おかえり、なさい」



店舗の奥から出てきた彼女は、いつもは高めに結っている髪を下ろしていて、いつもとはまた違う印象を与える。



体調管理が下手だから出勤に時間をかけたくないという理由で、彼女の居住スペースは店舗に併設していて。



すでに閉店時間を過ぎたその場所は、いつも通ってる場所なのに、別物みたいだった。



いつしか、いらっしゃいませを言わない彼女が、新しく俺に向けるようになった言葉。



きっと無意識なのだろうし、朝の時間はいつもいらっしゃいませ言うてるわけやし。



そんな彼女の無自覚の無意識を

何度だって過剰に勘違いしてグラグラ揺れる気持ち。






「ただ、いま」



はじめて使う言葉のように、それは違和感しかなくて。


今日も散々見取り図二人に顔がだらしない、いやらしい、絶対女やとヤイヤイ言われて、自分が相当緩んだ顔をしてることに気付いた。


取り繕えなくてさらに火に油を注ぐことになって、調子に乗って質問責めにされた今日の楽屋は何倍も疲れた。



らしくない。




何年もこんなやりとりをまともにしていない自分の中に、妙に擽ったく寄り添った感情。


本当にらしくなさすぎて調子が狂う。




「汗かいてるなら、シャワーいってきちゃってもいいですよ」


「そうしよかな」


「いってらっしゃい」






彼女が出てきた通用口。
すれちがえないくらいのそこで、こつりとぶつかる小さな肩。


入れ違いに通り過ぎた瞬間に

甘いメンソールが、ふわりと横をかすめた。

2→←3

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す