3 ページ3
＊
「あ、すみません、すぐ消します」
長かった冬が終わって、だんだん暖かくなり始めた春の初め。
なんとなく出たベランダ。まあまあ深い時間なのに、決して暗くならない町の街頭が遠くに見える。
いまの家に決めたのは、そんな東京の喧騒がなんとなくしんどくて。
東京で頑張ろうと決めてこちらに来たが、大阪とは違うキラキラした夜は、どうしたって慣れることはなくて。
都心から少し外れたこの街に引っ越してから、まともにベランダに出たのは初めてのことだった。
扉を開けてすぐ、柔らかいソプラノと、甘い煙。
隣人からの気遣いに、同じ目的なんでいいですよ、と自分もタバコに火をつけた。
「はじめまして。すみません、引っ越しのご挨拶もせんと…」
バタバタと引っ越してきて、なかなか健全な時間に帰ることもなくて。
気づけば隣人への挨拶もろくにしていなかったと、急に申し訳なくなる。
「おにーさん、大阪の人ですか？」
俺の謝罪に返ってきたのは、なぜか質問で。
「そうやけど…」
やっぱり。
そうやって少し嬉しそうに言った彼女は続ける。
「東京の人、あんまり引っ越しの挨拶とかしないですよ。
むしろ今してくれたので、気にしなくていいです」
ふわふわと話す彼女の声は、どこか心地良くて。
決してベランダの境界以上には近づかないその距離が、ただ居心地よく感じた。
じゃあ、おさきに。
そう言って、少しすると部屋に戻っていった。
不思議な雰囲気の人だった。
「あ、名前……」
はじめましてを言ったくせに、なんだかつっかえて言えなかった自分の名前。言わずもがな彼女の名前もわからず。
最近はポストや部屋の入り口に表札を出す人も少ないし、まがりなりにもこういう職業の自分が表札を出すこともなく。
「次、言えばええか。」
彼女のいった、言葉の先のまた今度を、なんとなく期待した。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 152人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きゃめ(プロフ) - ハンナさん» ハンナさん！ありがとうございます！大好きと言っていただけてとても嬉しいです。自分でも試行錯誤しながら書いている中で気にしている部分なので、その言葉が嬉しいです、ありがとうございます！ (2020年8月19日 22時) (
レス) id: e2386f9ce6 (このIDを非表示/違反報告)
ハンナ(プロフ) - 文章のテンポ、雰囲気、登場人物の動き…描き方が大好きです (2020年8月19日 2時) (レス) id: 9d1b7de85f (このIDを非表示/違反報告)
きゃめ(プロフ) - メイさん» ありがとうございます！ちょっとずつしか進まない距離はもどかしいですが、彼ららしいのかなとも思います。川西さんはたまに少し強引に距離を縮めるような気がして、これからもドキドキしてもらえるように頑張って貰わなきゃですね。 (2020年8月8日 7時) (レス) id: e2386f9ce6 (このIDを非表示/違反報告)
メイ(プロフ) - 専用オムライスにキュンとしています。可愛いです、彼女が。カフェの場所も分かって少しずつ距離を縮めていくのかなぁー。想いあってる2人だからもどかしい気持ちもあるけれど、この関係性ってドキドキキュンキュンしますね！今日も更新ありがとうございます。 (2020年8月8日 0時) (レス) id: 24f8e2afc7 (このIDを非表示/違反報告)
きゃめ(プロフ) - メイさん» また感想くださって！ありがとうございます、嬉しいです！おんなじ子を思いながらおんなじようなリアクションしてるんですよね。書き手の自由を活かしておいしい設定にしてしまいました！楽しんで頂けるように更新頑張ります！ (2020年8月7日 9時) (レス) id: e2386f9ce6 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きゃめ | 作成日時：2020年7月20日 18時
