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厄日 ページ4





路地を抜けようとした、その目前。

嬢ちゃん、となんだかえらく落ち着いた声で呼ばれて、足がおもわず止まった。振り返る必要は全くもってなかったのだが、目の前がとても賑やかな見慣れた通りで、気が緩んだ。


そろりと振り向くと、数メートル先の糸目が、こちらを向いてにこにこ笑っている。



「な、なに……」


気のよさそうな笑顔だが、薄暗い中で彼の白い顔が浮かんでいてなんだか不気味だ。軽くぶつかっただけだし、直ぐに謝ったけれどまだ引き留めることがあるのか。


返答を返さない少し先の人。

本当に恐くなって、足を踏み出そうとすれば、ふたたび「あんなぁ、」となにか口を開いた。



「今ここで逃げても、絶対捕まえたるかんなー」


間延びした声で告げられた言葉に、はっ?と声が漏れた。初対面の相手にこの人は一体何を言ってるんだ。つかまえる……?ホントにわからんし何言ってんの。

ヤバいやつだ。と、私の脳は瞬時にその人を決定づけた。


無意識のうちに震えが体に来ていた。すぐに体の向きを変え地面を蹴った。





恐くてがむしゃらに走り、人波に揉まれながらも考える。変なことにはならないでほしい。ていうか客観的に見たら向こうが変質者だと思う。

小走りで取りあえず後ろを振り返るが、人が多くて追いかけてきているかなんて分からない。

何度か人にぶつかってしまったし、けっこう迷惑なので、速度を緩めた。

激しく鳴っていた動悸は別の意味で苦しくなってしまったけれど、深呼吸して落ち着きを取り戻す。


まあ、ナンパの一種だと思えば普通に範囲内だろう。

ちょっと恐かったけど、そう思うようにしよう。大体、この賑やかな街ではナンパなんてよくあることだろうし、べつに。


「…けど私の場合、人生初じゃんか……」


取りあえず小走りをやめて、今度は人波に混じって歩き出す。

喜んでいいものなのか、けれどそれよりも、あの声を聞いたことがあるような気がして、なんだか引っ掛かった。


酒を飲むとポジティブに考えてナンパに遭い、厄日だったなあ、と思う。今日は宅飲みでヤケ酒続行か。とよく分からない決心をした。






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作者名:たおし | 作成日時:2019年10月22日 21時

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