父母のこと ページ40
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「あれが鬼に襲われたのも、…父が襲われたのも、すべて我が家の血のせいだったのだな」
襖になぎ倒された結納飾りを眺めながら、私はぽつりとつぶやいた。
座敷の畳には、食べかけのお膳が散らばっている。
踏みそうになって避けた食器は、この日のために取り寄せたものだ。
「ますます、鬼狩りの隊士殿に頭が上がらん」
チャリ、と妻が皿を拾う音がする。
それは彼女が選んだものだった。
「Aは出たか」
「…ええ。さきほど、…学生時代の制服に着替えていましたわ」
「…振袖では、走れんからな」
妻は泣いていた。
花も泣いていた。
「こう何代も、何度も、鬼狩り様に命を救われていては、藤の家紋をふたたび掲げるほかあるまい」
「…あなた」
「お前もそう思うだろう。
そのくらいしか、大切な大切な娘を助けられたことに報いる方法がない」
かがんでいた妻は、すっと立ち上がって、私の目を見た。
「私も、藤の家紋を掲げる家へ嫁いで、…それはもう、大変な思いをすることもありましたけれど、
耐えてこられたのはひとえに、あなたを愛していたから、…あなたに愛されていると知っていたからだったの」
そして私の手をそっと取る。
「あの子にも、そういう相手と添い遂げてほしいと、思うべきでした」
私は妻の額にかかった髪の毛をそっと撫でて、…彼女と結婚する前、散々向こうの父親に反対されたことを思い出していた。
こんな面倒な家業の家に嫁がせるのは、と渋られたものだ。
「ぎりぎりだったが、間に合ってよかったな」
「……ええ」
妻は、泣きそうな顔で笑った。
娘との訣別の痛みに耐える顔なのか、娘の先を案じる顔なのか、娘がきっと幸せに生きる道を自分で見つけられると信じている顔なのか、私にはわからなかったけれど。
きっと、私たちの娘は大丈夫だ、と思った。
誰かを守るために自らを省みず飛び出せる胆力も、危機を幾度となく救われる運も、どちらも持ち合わせているし、
…なにより、男の趣味もいい。
「きっといつかまたここでAを迎えられるよう、家業の立てなおしを急がなければならないな」
「そうですよ、あなた、漆原のお家との繋がりもなくしてしまうんですから。茨の道ですわよ」
「なに、伊達に商売人の家に生まれとらん」
私は努めて、豪快に笑って見せた。
独身のころ、妻を口説くために格好つけてみせたときのように。
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瑞姫(プロフ) - 今吐露2でリアルに泣いております、、思わずよくわからない報告コメント申し訳ないですめちゃくちゃ好きですこの作品 (2020年6月24日 23時) (レス) id: 445b4986a2 (このIDを非表示/違反報告)
pink0223xxx(プロフ) - はじめまして、更新お疲れ様です。素敵な言葉遣いや雰囲気が想像がしやすくてどんどん引き込まれていきました。泣いたり笑ったり楽しかったです。応援してます! (2020年6月3日 21時) (レス) id: 086d84223c (このIDを非表示/違反報告)
おんたま(プロフ) - はじめまして。更新お疲れさまです。完成度が高くすごく素敵な作品だと思います。無理のない範囲で更新頑張ってください。応援しています。 (2020年6月3日 2時) (レス) id: 8f0607afea (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - お返事できてないお三方、コメント返信できてなくてすみません、いつも更新遅くてすみません、読んでくれてありがとうございますloveです (2020年6月2日 19時) (レス) id: 100d291aa9 (このIDを非表示/違反報告)
madoka(プロフ) - 更新お疲れ様です!ずっと待ってました〜っ!!これからも頑張ってください。 (2020年5月24日 21時) (レス) id: f3e815359c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年4月19日 22時