【Fischer's】水魚之交 III【短編集】

ダーマ：副業恋愛 ページ47

職場の先輩はどうもプライベートな話をしたくないらしく、聞けるのは仕事への向上心の低さや企画書の纏め方など仕事関係の話ばかり。

『先輩、お疲れ様です』
「おう」

働き方改革が始まり残業がほぼ無くなった為、私と先輩は帰りの電車駅まで一緒に帰り始めた。一緒にとは言っても私が一方的に待ち伏せたりついて行っているだけなのだが。

『先方も今回の会議ノリノリでしたし、大丈夫っぽいですね』
「おう」
『提案書コピーしておいたので、明日確認お願いしますね』
「おう」

ぶっきらぼうで目すら合わせてくれない先輩。だが私は今朝ある妙な会話を小耳に挟んでいた。それは、社長公認で別の事業を行なっていると言う噂。
これを突きつければきっと会話をしてくれる。そう思い、気持ち声を張ってみた。

『先輩、“ダーマ”ってなんですか?』
「ッ!?おまっ…!それ何処で聞いた!?」
『えっえ!』

ダーマ、と言う単語に肩を上げて驚いた先輩は見向きもしなかった私に振り向いて、下がった眼鏡の位置を指先で直す。寡黙なイメージが一転して慌てた様子の先輩の圧に負けて壁に背中をぶつけ、逃げられないよう顔の横に手を置かれた。

「なんでお前が知ってんだよ!誰に聞いた!?」
『いやっその、ただ通りすがりに他の部署の人が噂してたのを聞いただけで…』
「本当だな?嘘ついてたらお前ん家破壊するぞ!」
『は、破壊!?うう嘘なんて私言ってないです!』

俗に言う壁ドンなのでかなりの至近距離なのだが、ドキドキより先に先輩らしからぬ口の悪さが頭を支配して上手く言葉を返せない。先輩ってこんなキャラだったんだ、と思ったが、私が知らなかっただけでこれが本来の彼なのだろうか。

「他の奴に話してないだろうな」
『は、はい』
「ならいい」
『…あの、ダーマってもしかして、先輩のあだ名か何かですか?』

だったらなんだ。とでも言うようにレンズ越しに睨み付けられているが、こんなにも先輩基ダーマさんに見つめられた事がないので妙にドキドキしてしまう。
だって知らなかったんだ。こんなに瞳が綺麗な事を。

「聞くなそんな事」
『じゃあ!私も先輩の事、ダーマさんって呼んでもいいで』
「駄目に決まってんだろハゲ」
『ハゲ…』

それに、お口が少々ヤンチャなのも知らなかった。やはりこの人は他人と仕事以外の話はしたくないのだな、と思った時。

「……俺と」
『え?』
「俺と……二人だけの時なら、許可する」

可愛さもあるなんて、これも新発見だった訳で。

END

　

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