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いきなり現れた黒髪の美人は心底迷惑そうに文句を零しながら手を貸してくれる。有難く手を掴んで立ち上がるとその女性は含みのありそうな笑みを浮かべながらこちらを見てきた。
「あの……なんですか」
「いやね、あれだけ大きい穴に気づかないで落ちてくるなんて相当に馬鹿だなと思っただけよ」
カウンターの上に置かれた人形が突然ケタケタと笑い出す。
「ひっ……!な、なに今の」
「ああ、気にしなくていいのよあれは。ただの喋る人形。危害を加えてくるわけでもないのだからBGMくらいに思っておきなさい」
「はあ、そうですか」
そうですか、で済むとは思わないが他に言うべきことも思い当たらなかった。人形は普通自らの意思で声を出すことはないけれど、喋るというのだからきっとそうなのだろう。
「ふうん、驚かないのね。時にあなた、何か良いことでもあったのかしら?周りに気を配れなくなるほどの」
女性は揶揄うように尋ねてくる。
「ええ、彼女が出来まして確かに少し、いえ相当浮かれていたかもしれません。営業を邪魔してすみませんでした」
「気にしなくていいのよ、それにしてもふふっ、彼女ねぇ。良かったじゃないの、志苑」
……どうして名前を?僕は名乗った覚えもないし名前がわかる情報を身につけてもいない。
「そんな驚くことないじゃないの。さっき言ったでしょう?ここは記憶を扱う店よ。名前くらいわからないでどうするの」
また人形が笑う。この女性の声は聞いてて心地の良い声だが、人形のは癇に障る。とても耳障りだ。あまりここに長い間居たくないな。
「お邪魔しました。そろそろ帰ります。手を貸してくださってありがとうございました」
お礼だけ述べてさっき落ちてきたマンホールを登ろうとするが、上を見てもそんなものは初めから無かったかのようにただ天井があるだけだ。
「帰りはそこのドアから。そこを開けたら外に繋がってるわ」

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作者名:志久真 | 作成日時:2019年6月18日 1時

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