第五十九訓 ページ15
そっと、Aがケースに触れる。頬を当て、瞳をふるわせる。眼にはうるりと水が張り、溢れて静かに零れた。
「ごめんね…」
謝罪を口にした。ひとつ零れると、止まらなくなったようで、彼女は涙と謝罪を何度も零した。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「生きたかったでしょう」
「人間の手足すらも与えられずに、こんな狭いところに閉じ込められて」
「どうして…」
わっと泣き出して崩れるAを抱きしめる。子供のように声をあげて泣く彼女の後頭部や背中を撫でる。こうすることしかできない。どうすることもできない。かけてやる言葉さえ見つからないのだ。
それほどまでに、この完成した【久遠A】の過程──失敗作達は衝撃的だった。
倫理のりすら無く、愛も感じない。まともな名前さえも与えられなかった彼女達の世界はホルマリンで汚れていた。
胎児はともかく、あの子供は──。
おそろしく早い成長速度ならば、今のA同様意識があったはずだ。自我があったはずだ。
ケースの奥から見た父親の姿はどう映ったのだろうか、何を思ったのだろうか。
あの男に話を聞く機会は現状失われた。
俺達は所詮、絶望と後悔を飲み干すことしかできなかった。
*
翌日。蒲生氏の事情聴取。
俺達は既に取調室にいて、マジックミラーの向こうには一人大人しく椅子に座って待つ蒲生の姿があった。
彼はイライラした様子で机に指をつつき、リズムを刻んでいる。眉間には皺がより、もう我慢できないと言った様子だ。
蒲生は真っ直ぐ前を向き、声を荒らげる。
『まだかね。今日も土方が聞き役ではないのか』
時間は押していた。しかし今日の質疑は土方さんではない。別の人物だ。その人物の準備が整わないのだろう。
土方さんはマイクを使って蒲生に答えた。
「今日は俺じゃない。お前が一度話してみたい奴だろうよ」
するとようやく、ギィと向こうの部屋の扉が開く。やっとか、と蒲生が溜息をつき、目を開く。瞬間、彼は目をカッと見開いて、驚愕の態度をあらわにした。
部屋に入ってきた人物は堂々と椅子に座ると、「はじめまして」と挨拶をする。
長い髪は高い位置でひとつにしばり、真選組の隊服に身を包む──女。
『私が、久遠天海の娘、久遠Aです』
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作者名:ぽん酢ちゃん | 作成日時:2019年7月14日 19時