第三十八訓 ページ38
周りに人はいないが、花火はとてもよく見える。ここはどうやら所謂穴場というやつらしい。
闇夜に咲く花の数々を見て、Aは泣き腫らした顔にも関わらず空を仰いで目を爛々と輝かせた。よほど衝撃的だったのか口が少し空いていた。開いた口が塞がらないとはこのことなのだろうとちょっと笑った。
はっと我に返ったのか俺の方を見て「あれが花火?」とキラキラした目で言う。そうだと教えてやると、彼女は恍惚とした声で呟いた。
「きれい…」
俺もこうして花火を見るのは久しぶりだ。いつもは警備とかの関係でろくに楽しめていなかった。
とても綺麗だ。花が咲く瞬間の轟音は胸によく響いて心地が良い。散る時は無数の流れ星のように降り注ぎ、子供の時はあれを捕まえてみたいなんてことも思ったことをふと思い出した。
泣いていたのも忘れて口元に微笑みを薄く浮かべるAを見て、俺は少し恥じらいながらも想いを伝えた。
「あれを綺麗だって思うんだから、あんたは人間だよ」
Aがこちらに顔を向けたが、俺は羞恥でまともに顔を見れなかった。花火を目に焼き付けたまま続きを伝える。
「生まれや育ちはそれこそ特殊だし、変な力も持ってるが…その感性は少なくとも普通の女の子ってやつだぜ」
だから大丈夫でさァ、と何とか伝える。自分でも「花火よりお前の方が綺麗」に似たくさいセリフだって思う。彼女もそう思ったかもしれない。
Aは、くいくいと俺の浴衣の袖を引っ張った。顔を向けると、彼女は凪いだ海のような静かな微笑みを浮かべていた。
目と目が合う。さっきまで花火が映っていた瞳には俺が映っている。ひどい顔だ。初恋をした中学生みたいな表情だな、と思って心を落ち着かせた。
まだドォンドォンと花火があがっているが、彼女は俺をじっと見つめていた。肩をそっと掴んで、顔を近づかせる。
唇と唇が合わさりそうな時、俺の携帯が空気を読まずに鳴り響いた。
パッと顔を離して、携帯を見る。土方の野郎だった。しかもなかなか切らないので、彼女の顔を伺うと、どうぞ、というジェスチャーをした。
「…何ですかィ」
『お楽しみのとこ悪ィが、緊急事態だ』
声は平静を装ってはいるが、どこか慌てた様子だ。多分土方さんは屯所にいるのだろう。携帯から聞こえてくる背後の声はかなりドタバタした様子だった。
「何があったんですかィ?」
核心をつくと、彼はふぅーと息を吐いて、静かに答えた。
『久遠氏が出頭した』
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作者名:ぽん酢ちゃん | 作成日時:2019年1月13日 19時