第三十七訓 ページ37
細い路地は民家の壁が建ち並んでいて、街灯は一つもなく、本当に真っ暗だった。だからかすぐに路地は抜け、すぐに開けた道に出た。
しかし、向こう側の祭りが行われている一本道とは真逆にこちらに人の気配はない。道自体もこの路地ほどではないにしろ大きくはない。
「どこ行きやがったんだアイツ…」
何となくで右に向かうと、しばらくして小さな神社が現れた。真っ暗で、木々に囲まれて陰鬱とした雰囲気の無人の神社。何故かそこに妙に惹かれて、鳥居をくぐる。手入れもされていなく、落ち葉が絨毯のように広がっていた。
「A」
社の後ろの縁の下に、彼女は顔を埋めて三角座りをしていた。襲われた時に掴まれたのか、せっかく綺麗にしてもらった髪はぐちゃぐちゃになり、脱がされかけたのか浴衣も崩れていた。
声をかけたのが俺だと分かっていても、彼女は顔をあげなかった。俺も縁の下に潜り、彼女の横に腰を下ろす。
「…怖い」
「うん」
「…皆がじゃない。私は私が怖い」
「うん」
「私は人間。れっきとした人。でも…この人を狂わしてしまう力を持った人間なんてそういない。私は…何者なんだろうって思うの」
嗚咽をあげながらAは続ける。
「普通の家の、普通の女の子に生まれてたら、どんなに幸せだったかって、苦しくなるの」
「そうか」
その願いは最もだ。彼女最大の不幸はあの父を持ち、あの家に生まれたことだ。そうでなければただの町娘として普通に生きることができただろう。
「…私、このまま生きてていいのかな」
漏れた絶望は、深く冷たい海の底から聞こえてきたのかと錯覚した。それを俺のような殺人者が判断していいわけがない。いや、まずこの世にそれを判断する者がいるとすればそれは神しかいないだろう。彼女が否定する、その神に。
誰もいない空間にすすり泣きの声だけが聞こえていた。声をかけるべきかそうでないかも分からず、俺は迷いに迷って、彼女の頭を俺の方に傾かせた。サラサラの髪を撫で、指を絡ませる。Aは泣きじゃくりながら俺の手に彼女の手を重ねた。
すると、どこからともなくひゅるる…という懐かしい音が聞こえてくる。俺はこの音の正体にすぐ気付いたが、彼女は不安そうに顔を上げた。
俺は即立ち上がり、Aの手を引く。
「な、何この音??」
「いいから!」
鳥居を抜け、空を仰いだ瞬間、闇の中に一際大きな花が咲いた。
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作者名:ぽん酢ちゃん | 作成日時:2019年1月13日 19時