第三十二訓 ページ32
時刻は巡り七時十五分。来た時よりも人が増えている。向こうから歩いてくる人とぶつからないように身を縮こませるので精一杯なくらいだ。
Aもじゅうぶん腹いっぱいになったのか今はもう何も食べ物を所持していない。
代わりに、買ってやったキツネのお面を顔の横に少し斜めになるようにつけている。
財布の中の金もほぼ底をつきかけた。話題もつきかけ、しばらく無言のままわけもなく屋台が並ぶ道を歩いているだけだ。花火が始まる八時までどう時間を潰そうか悩んでしまう。
仕方ない。何かあった時用に二千円ほど残しておいたが、屋台の一つや二つくらいは回れるだろう。万が一の時はコンビニで金を下ろそう。
そう思い俺は彼女がいるはずの横を見下ろした。
「オイA。お前どこか気になる屋台は──」
一瞬時が止まったかのように錯覚した。隣を歩いていたはずの彼女がそこにいなかったからだ。
俺が急に止まったことで後ろを歩いていた中年の男が俺の背中にぶつかり、舌打ちをして横にそれる。
こんなところに突っ立っていたら邪魔で仕方ない。俺はとりあえず屋台と屋台の間に移動して、人混みの中を目を凝らして彼女の姿を探した。
…しかし見つからない。人がほぼ隙間なく埋め尽くされた道では探せるはずもないのは確かだが。
「…携帯渡すべきだったな」
チ、と舌打ちをする。
どうする。この状況ではしらみ潰しに探すしか手がない。だがアイツは意外と頭が回る。
土地勘のない彼女はまず俺を探そうと辺りをうろつくことはまずしない。おそらくどこか目印になるような場所で俺を待つだろう。その目印となるような場所…はここらだとどこになるだろうか。
「河川敷…は広いから違うな。だとすると寺か?」
この祭りの名前は一応寺からとった名前になっている。だからその寺に向かっているかもしれない。
そう思った俺は、その寺へと足早に歩みを進めた。
*
「総悟…?」
気付いたら、今までずっと隣にいた総悟がいなくなっていた。きょろきょろと辺りを見回しても彼らしき姿は見受けられない。道の脇に移動してもう一度探してみても見つからなかった。
どうしよう。私はここの土地に詳しくない。まず外に出るのもほぼ初めてのようなものなのに。
しかもこの祭りはかなり広範囲で展開されている。まずこの祭りの名前になっている寺からずっと続く一本道、そしてすぐ近くの河川敷。
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作者名:ぽん酢ちゃん | 作成日時:2019年1月13日 19時