第二十訓 ページ20
俺の存在に気づいた周りの人間は我関せずといった表情でサッと避ける。目を瞑ったまま鼻を伸ばして説明する山崎は周りがそんなことになっているなんて気づかない。
「その時沖田隊長が、「アンタは汚くなんかねぇ、綺麗でさァ!!あと好きだ!!」と告白して、Aちゃんはもうキュンキュンだよ!! で、愛を確認しあった二人は抱き合い、誓いのキスを…」
「山崎」
思ったよりも冷ややかな声が出た。山崎はびくっと肩を揺らすと、カタカタ震えながら振り返る。少々涙目になっていたが知ったこっちゃない。ニッコリと俺は微笑んだ。
「話が気になるなァ、続きはねぇのかィ?」
「あ…いや…あの、ちょっと盛ったというか…」
あはは、と乾いた笑い声をあげる山崎。数秒の沈黙が流れ、山崎の笑いも流されて消えていく。周りも「山崎やっちまったな」という哀れみの雰囲気が出来上がっていた。
俺はもう一度にこっと笑い、山崎が俺の気を伺うようにへらりと笑った瞬間、彼のモモをパーンした。肉がブルブルと震え、山崎は大きな悲鳴をあげて悶絶する。
「てめぇ注目されねぇからって法螺まで吹くようになったか」
「あ゛あ゛あ゛すみ゛ま゛せん隊長ぉ゛!!」
「あと何だィ、Aちゃんなんて呼んで。言っとくがアイツはてめーのこと認識してねぇからな」
「さらっとそういうこと言う!!傷つくからやめて!!」
ていうか、と涙目の山崎が絶叫する。
「隊長、めちゃくちゃ彼女のこと気にしてるじゃないですか!! もうそれ好きってことでしょ!?」
はた、と彼を蹴る足を思わず止めた。
好き、とは。俺がAに対して愛おしいだとか恋しいだとか、そんなチャラついた感情を持ち合わせているということか?
だが彼女のことを気にしてしまうのは確かで、ただ単に彼女の面倒を見るよう言われたから…という理由には収まらないことも何となく分かっていた。
視線が痛い。つつけば破裂しそうな雰囲気をまとった俺に皆触れられないでいる。土方さんまでもが遠くから俺を見ていた。
渇いた喉が水分を欲し、僅かな唾液を飲み込む。苦し紛れに出た言葉は俺をさらに独りにさせた。
「…もういい、飯食う気も失せた」
否定もせず、はぐらかしたのだ。こんなのほぼ肯定ととられても仕方ない。それは痛い程分かっていた。羞恥に顔が熱くなる。最後にもう一度山崎を蹴り飛ばして俺は走って食堂から逃げた。
嫌いでいて、と彼女は俺に望んだことを、忘れてはいないのに。どうしてこんなことになるんだ。
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作者名:ぽん酢ちゃん | 作成日時:2019年1月13日 19時