第十六訓 ページ16
捕まえた一人の信者が、酷く興奮しながら答えた。
「A様と交わり、感情が昂った瞬間、我々の信ずる神が降臨され、懺悔を聞いてくださるのだ」
交わる。つまりそういう行為を指す。交わるのはごく一部の信者にしか許されなかったらしいが、出来ないわけじゃない。組織に対して何かプラスなこと(信者を増やす・金を献上する)をしたらそれが一般信者にも許されたそうだ。
近藤さんは静かに怒りをあらわにしながらその話を俺に伝えた。
当の本人はずっと隠していたことを話して気が楽になったのか、口を閉ざすことをやめた。話しかければ答えるし、部屋も便所に行く時のみ出るのではなく、出たい時に出て、帰りたい時に部屋に帰ってきた。
夕飯を食べようと食堂に行くと、部屋の隅でAが焼き鮭定食を黙々と食べていた。彼女の周りには誰も座っていない。避けられているわけではなく、未成年の女子の近くに座るのが皆恥ずかしいのだ。
親子丼を頼んで、彼女の向かいの席に座る。彼女は俺のほうを見ずに一言「お疲れ様」とだけ言った。
「何で喋っても無駄とか言ったり、肩掴んだら怯えたりしたのか理由が分かった」
「そう」
だいぶ早い時間に夕飯を食べ始めたのだろう。彼女は箸を置いて手を合わせると、片付けに行かずにおしぼりで手をふきながら呟いた。
「やめてなんて言っても彼らはいもしない神に話を聞いてもらいたくて私にいやなことをした。勝手に気持ち良くなったかと思えば急に神様神様って。…気味が悪かった」
感情が抜け落ちたかのような無表情で答える彼女は恐ろしくも悲しかった。いったいいくつの時から酷い仕打ちを受けてきたのかは知らないが、きっと長い間一人で耐え続けてきたのだろう。
なんだか気まずくなって四分の一ほど残っている親子丼を掬った。口に運ぶ寸前、彼女は小さな笑みをこぼした。頬杖をついて、愉快そうに俺をじっと見つめる。
「私のこと嫌いなくせに随分私のことを知りたがるのね」
「……何でィ、謝ればいいのかィ」
「ううん、逆」
盆を持ち、立ち上がる。去り際にこっちを見て、ガキのくせして大人な微笑を浮かべる彼女はとても綺麗だった。昔の西洋の画家がこぞって描いた聖母のように美しかった。
「貴方だけは私のこと、嫌いなままでいてね」
ごくりと生唾を飲んだ。彼女に無理やり同意もなしに暴行をした信者の気持ちなど分かりたくもないが、皆が皆心酔するその気持ちだけは何となく理解してしまった。
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作者名:ぽん酢ちゃん | 作成日時:2019年1月13日 19時