第十一訓 ページ11
「お前…急に喋るかと思ったら…はは、なんでィ、お前も少しイカれてんのかィ」
まだ頭がぐらぐらとする。思えば、彼女が喋りだしてから徐々に身動きがとれなくなった。視覚、聴覚から支配され、姉上の幻覚まで見た。あのおかしな信者が狂った理由を垣間見た気がした。
徐々に頭が冴えてくる。額を片手で抑えつつ彼女を睨む。
女は、驚いていた。俺がするべきであろう表情を何故か彼女がしている。呆気にとられていると、彼女は俺の視線に気づき、困惑しつつ正座して頭を下げた。
「…ごめんなさい。こんなに拒絶されるとは思わなかった。でも、これはお父様や周りの人達から言われた言葉じゃない。…私自身の言葉なの」
年頃の少女のようにしゅんと落ち込んでいる。意外なその態度に思わずきょとんとしてしまう。まるで想定外のことが起きたかのような…。
少し考えて、一つの可能性が浮かんだ。
「もしかして、励まそうとしてくれたんですかィ」
否定はしなかった。ただいつものように黙って、じっと耐えている。目線だけ、少しずらしながら。
俺はとんだ思い違いをしていたのかもしれない。
この女のことを、我儘で親の言うことだけを聞いて、あの組織に協力していたお嬢様ぶった人間だとばかり思っていた。だが、今の反応を見るとそうではないらしい。
「…悪ィ。突き飛ばしたりなんかして」
急に罪悪感が襲う。冷たい床に膝をついたままの彼女に手を伸ばした。だが、彼女は俺の手をぱっと払い除ける。ふいっと顔を逸らした時に見えた表情は今にも泣き出しそうで、女の子を泣かせた時というのはいくつになっても男の心に重い自責の念を感じさせるのだ。いくらドSの俺でも、こんな反応されちゃあ興ざめ以上のものだ。
伸ばした手を引っ込める。ろくに女と関わったことがないため何をしたら正解なのか分からない。
俺が固まっている中、Aはゆっくりと立ち上がり、部屋の中へ戻っていく。
「あ、オイ…」
襖を閉められそうになったため、慌てて竪桟を掴むと、そこには知り合った当初のあの死んだ魚の目があって、思わず手を離してしまう。
ピシャリと言葉もかわされずに閉じられた襖は、拒絶の態度そのものだった。
「………クソッ」
なかなか思うようにいかない。こんなことになったのはそもそもアイツの言葉で幻覚を見たからだ。
…とそこでそもそもの疑問が浮かぶ。
さっきのあの現象は、いったい何だったのだろうか。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 34人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ぽん酢ちゃん | 作成日時：2019年1月13日 19時
