第6話 ページ10
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「つまみだすなら手伝うよ?」
「そうだねぇ…ううん。でも、なんだか今日は珍しく落ち込んでいたからもう少し寝かせてあげようかね」
「ふーん?」
酔いつぶれているお客なんてこの店において珍しいことではない。
これまでだって、ここで酔いつぶれた客を何人も目にしていた。
だから特に気に掛けることもなく、一瞥もせず席についたわけなのだが。
ひとくちお茶を頂いたところでどうしたことか。
あろうことかその酔っ払いから声をかけられるなんてことになる。
「あれぇ、それ制服ぅ?ヒック…ダメでしょ、若い女の子が今何時だと思って…」
「は?」
暫し流れる静寂は唐突に。
まるで時が巻き戻るような感覚に襲われる。
この白銀には覚えがある。加えてこの死んだような瞳も。だらしない口元も。
すべてすべてなにも変わらない。
酔いが回って赤みを帯びた表情がみるみる色を失うのを目にすれば、覚えるのは危機感だ。
すぐにここから消えなくてはいけない。
でなければ、私は。
戻れなくなってしまう。
「お前、」
「…っ、おばちゃん、このちゃらんぽらんすぐに追い出していい?それが叶わないなら私が消える」
「その物言い。間違いねぇ。お前今までどこにいってたんだ」
「ちょっとオジサン。人違い。酔いすぎ」
「酔いなんてお前の顔見たらとっくに覚めたっての…なんだこりゃぁ、夢かなにかか?ついに幻覚でも見ちまったか?おばちゃん、強いの。もう一杯頼む」
「おばちゃんそれ出さなくていいから」
身体はこの男を覚えていたのだろう。
まるで思惑にハマったとでも言いたげな笑みを目にすれば嫌でも自覚させられる。
思わず、つい。本当に魔が差しただけ。
それなのに、今まで自分がしてきた努力がまるで無駄だったとでも嘲笑うかのようにこの男は懐に入ってきた。
「絃、」
「なに」
「吐きそうなんだけど」
「ばっかじゃないの。ここで吐いたら殺す」
「辛辣すぎない?久々に会ったってのに。ま、それはそれで…おええええ」
「よし殺す」
「ちょっ、お前まじで抜いてんじゃねぇか…おええ、気持ち悪い…」
おばちゃんにより出されたバケツを手に離れられなくなった天パに、腕を掴まれ離席することも許されない制服JK。
並び座る男女は傍からみればただの変態。
だがそれもまたしっくりくるのだからお似合いのふたりなのだろう。
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