言葉の砂漠に落っこちた【文豪ストレイドッグス】

三十九、砂の腕、あるいは彼女 ページ40

芥川と樋口が去った裏路地。
太宰が怪我人への応急処置と武装探偵社への連絡を済ませ、静まり返ったその場所で、蠢くものがあった。
かつての詩房であったそれは、ずるずるとより集まり、何かの形を形成しようとする。
だが、少し集まったと思う間に、中途半端な造形は崩れ、見るものをなんだか＿＿＿＿哀れな気分にさせる。
怪我人への処置が先だ、と彼女を後回しにしていた太宰が、小山の方に目を向けた時には、水溜りのように広がった砂から、少女の二の腕から上が一本突き出している、と云う非常に不気味かつ、猟奇的な光景が展開されていた。
白い砂で形成された細く華奢な指、手首から下を覆う黒いセーラー服の袖。
その腕は、色や形こそ人間であるものの、質感は砂とすぐに判別できるものだった。
手は、何かを探すように、ゆらゆらと蠢く。
不完全なそれは、動く度にざらざらと砂を落とし、見る間に、ぼろぼろになっていく。
表面を覆う白い砂が落ちると、内側の赤い砂が露出し、またそれが欠けると、今度はまた白い砂が崩れた。
太宰が異能を解除してやろうと足を踏み出した時、偶然か必然か、ふらふらと彷徨っていた腕がこちらを向いた。
腕に前後ろなど無いはずだが、そう思わざるおえなかった。
薬指が完全に欠け、他の指も赤や白の断面を空気に晒すぼろぼろの手。
それでも、必死に太宰を求めるように、伸べられる手の様子を見ていると、酷く＿＿＿＿いじらしくまた哀れに感じられて、太宰は思わず腕に駆け寄り、風圧で指を壊さぬようにできるだけ小さな挙動で、傍に膝をついた。
腕に対して、哀れやいじらしいなんて可笑しな話だが、そう思ったのだから仕方が無い。
現在進行形で崩壊していく細い指に、そっと自身のそれを絡めた。
ずるずると這うように動いていた砂が、腕を基点としてさらさらと集まり、人の形を構成していく。腕が完全に人間のものになると、太宰は確かめるように繋いだ手に力を込めた。
その瞬間、太宰の手が握り返される。
だが、それは彼に答えるような力の込め方ではない。手の甲に、容赦無く爪が立てられた。
可笑しいと感じた太宰が、繋いだ手から顔を上げると至近距離に滂沱と雫を零す、黒い真珠が二つ。

「だ、れ？ わたし、だれ？ 」

再構成されたばかりの唇から、震えた声が落っこちる。目を剥く太宰。
一瞬後に悲痛な叫びが、彼の鼓膜を突き刺した。

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