3 文豪グルメ 短編集【文スト】

織田作之助　ハヤシライス ページ32

「カレーを呉れ」


　何となく立ち寄った店でも、織田は何時もの料理を注文する。
　最早中毒とも云えるレベルである。


　然し、後に名をAと知る店主は、申し訳無さそうに頭を下げた。


「申し訳ありません。カレーは本日売り切れてしまいまして」


　がががががん。


　ワルサーP38に蜂の巣にされたかの様な衝撃を受ける織田。


「…………」

「あの、宜しければ、ハヤシライス等もございますが」


　微動だにしない彼を見て、笑顔での提案だった。


　ハヤシライス、久しく口に入れていない気がする。
　まあ確かに、見た目、似てる。


　辛くないが。


「嗚呼、頼む」


　まあ、そんな我儘も云ってられない。
　任務の間の休息、腹を満たせれば、何でも善い。


「お待たせしました」


　カレーの様に、其れは直ぐに現れた。


　マイルドな薫りと、トマトの赤、散りばめられたグリーンピースとマッシュルームのコントラスト。
　酸味に鼻腔が擽られ、スプーンを手に持つ。


　一口、

　
　噛み締めると、薄切り牛肉と玉葱の甘味が、デミグラスソースに程よく蕩けてーー


「おかわりを呉れ」


　五分程で、
　食べてしまった。


「え、わ、ありがとうございます」

「トマトが善い」

「あぁ、うちで作ったトマト、太陽の光を沢山浴びてますから」


　そう、二杯目を盛る。
　先刻より、並々と。


「これ、かけると美味しいですよ。お好みで」


　隣に置かれたのはソースだった。


　フリィダムみたいな事をする店だな。


「知ってます？ハヤシライスの語源って、ハッシュドビーフから来てるとか、林さんが作ったからとか色々あって。あ、御免なさい、ごゆっくりどうぞ」


　ハッシュドビーフって何だと考えながら、ソースを一周させた。そして口に運ぶ。


「！」


　カレーにかけるのと全く違う。
　ルーに更なるコクと深みを与え、まるで赤葡萄酒を味わっているかの様だ。


「このハヤシライスやカレー、オムライスにかけても美味しいんです」


　そういえばメニューにあったな。
　気になるな。


　とりあえず。


「おかわり」

「えぇ」


　皿を受け取るAは、


「嬉しいなぁ」


　太陽の様な輝きで、笑った。






　舌に残った熱は、
　軈て鍋を空にする。


「またお越しくださいね」





　さぁ、


　次に来た時は、
　何を食おうか。


　どんな料理を、


　どの笑顔を、思い浮かべながら。


　空腹を、心を、
　満たして行こうかーー？

蘭堂　　　　ガレット・デ・ロワ→←黒蜥蜴　　　メロンパン

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