3 文豪グルメ 短編集【文スト】

谷崎潤一郎　五色膾 ページ23

「わァ、綺麗だねAちゃん」

「…………」

「こンなに細く切れるなンて、とても器用」
「潤君は早く柚子くり抜いて」

「はいごめンなさい……」


　テレビを流しながら、
　炬燵で温々と。


「善い香りだねェ」

「……うん」


　大根、人参、干柿、胡瓜、柚子の皮を細切りに、


　酢で和えて、


　中身をくり抜いた柚子に
　詰めていく。


　と。


「あチッ」


　片手に珈琲、困った様に笑う谷崎。
　熱々を口に運んだらしい。


「ごめン……Aちゃん見てたら、うっかりしちゃッた」

「………」

「あ、えッと、手先を見てたら」

「来年には直してね」

「……了解です」


　酢で和えられた五色なますを柚子に詰め、葉の付いた蓋で閉じて。


「小さくて可愛いなァ」

「水引を象ってるんだって」

「ナオミも喜びそう」

「そうだね」


　お祝いの席には欠かせない一品。
　人参と大根の紅白二色も良いが、更に三色増やして、色とりどりで、食感もアップ。


「与謝野さんはこれだけで、お酒幾らでも空けられるってさ」

「Aちゃんのご飯、美味しいもンね」


　五色なます。
　平安や平和が広がる様、願う。
　そんな逸品。


「味見するか」
　

　Aが一つの柚子を開け、なますを口に運ぼうとすると、


「あ、待ッて！」


　容れ物はヒンヤリと冷たいのに、
　何故かそれを冷ます様に、息を吹く彼。

　遅めに、ハッとして。


「あ……冷めてるんだッた」


　うっかりうっかりと、笑う彼に。


「アツモノに懲りてなますを吹く」


　自分ではなく、彼の唇になますを押し付けた。
　開いた口に吸込まれていく。

　ぱりぽりと良い音、酢の香り。


「それね。必要以上に用心深くて、無用な心配ばかりして、貴方の隣にいるのは大変ですよ――どうやったら直るの？」

「え。……だ、だッて」


　ごくんと飲み込み、


「な、何も無くても、君がいるから……Aちゃんの事が何時だッて、心配なンだもの」


　Aの頭を、優しく撫でた。


「だから来年も、こんなボクですが、よ、宜しくお願いします」


　その朗らかな笑顔には、


「む……」


　素直に返事をするしかない。
　然し、その頬を力いっぱい引っ張る。


「誤魔化すな」

「へ、へぅぇ？ほうぇン……」


　その笑顔には、
　何時も救われているのだから、


　その小さな容れ物に、


　何時も以上に、


　感謝の気持ちを、
　込めると、しましょうか。

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