3 文豪グルメ 短編集【文スト】

中原中也　　花見団子 ページ16

追っ手共は皆一様に大した事は無いが、何せ数が多い。

　見上げると、この真夜中でも美しくライトアップされた桜が溢れんばかりに咲き誇る。


「ま、時間位稼げンだろ」


　今回は余り派手にしない様、首領に釘を刺されている。

　ふわりと無重力になり、高度を上げ、桜の合間を縫って。


「ぁ？」

「む」


　先客がいた。
　ぱちくりとしている。互いに、同じ事を思った。


　何で斯様な所に人が！


　下からの追っ手の声に、中原はその人差し指を口に当て、沈黙を促す。


「…………」


　先客はコクリと頷いた。
　まあ、声は出せないだろう。


　その口は既に、団子で一杯だったから。


　白、緑、桃。
　柔らかで艶々な、その和菓子。


「何してンだ？」

「……」


　下からは桜で見つからないし、小声なら聞こえない。


「……」


　口の中はもう何も無い筈なのに、返事も無く。


「なァ」


　そして、


　腹の音。


「……」

「…………」


　一串の団子が差し出された。


「………」


　つい手に取る。
　何だこの状況。


「ンあ」


　ま、毒等入っていないだろう。
　その串に頬張った。


　もちぃ。


　ふわりと、香る。


「お」


　余り口にした事の無い食感に、不思議と懐かしさ、安心感に包まれた。


　ふと見上げれば。


　桜の海を照らす月夜。
　温かい風。


「春だなァ」


呟くと。


「うん」


　返ってきた。
　優しい声色。


「ッだよ手前、喋れンのかよ」


　にっと笑うと、その顔は下を向いてしまった。


　内気な奴。


　然し。


「なァ、俺は中也。……手前は？」


　らしくない事を。


　然し、どうしても。


　どうしても、何だか気になった。


「……」


　俯いたまま団子をもちもちしている。
　そんなにも、花より団子かよ。

　
「それだとこの街で生きてけねェぞ」

「？！」


　顎に手を携え、クイッと上げた。


　その月に照らされた瞳と、
　しっかり目が合う。


　その時。


「うぉッ？！……おいおい。手前なァ、これだけは離すなよ」


　反対の手の団子が落ちた。


　勿論、キャッチする。


「危なっかしい奴」


　団子を渡してやると。


「っ……ぁ、りがと」

「おう」

「………………A」

「ぁ？」


　顔を覗き込むが。
　その口はまた、団子で塞がれて。


「あァ？ンだよ、聞こえねェぞ？もう一回」


　そんなAの名を知って、


　桜の花びらの様に頬が染まる、
　季節の始まり。

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